僕とスリランカの出会い    赤岡健一郎


 ある国に興味を持つようになるのは、普通は特定の音楽、食べ物、スポーツ等の文化、動植物などを含めた大自然、宗教や研究対象国として興味を抱く事だと思います。ところが僕の場合は、本人の意向とは無関係に駐在員としてスリランカに赴任したことによります。

 通常、駐在員は任期が決まっているか、特定のプロジュクトに従事するために赴任します。任期が終了するか、プロジュクトが終了すれば帰国または次の国に移動します。そのために、多くの人は駐在している国への興味は薄く、文化や自然に触れる事も無く、駐在員同士のお付き合いに終始してその国を去ります。次の任国で役に立たない現地語は覚えようともしないのが普通です。

 僕がスリランカに関わるようになったのは、建設会社の海外本部に所属していた時の事です。何カ国かの駐在経験を経て、海外本部にもどり管理職になって数年経ち、もう駐在員として海外に出る事はないだろうと思っていた矢先でした。ところが、その年の年度終わりに行われた会議の席上で本部長から、赤岡君はスリランカに転勤と、突然言われたのが始まりです。勿論、日々の通常業務として毎日のようにスリランカに電話やメールを送っていましたが、それはスリランカだけでなく他国へも同じでした。それまでの業務でも、スリランカの特定のプロジェクトに深く関わってはいなかったので驚きました。勿論、スリランカに何の思い入れもありませんでした。

 転勤はいつも突然で、駐在員として始めてマレーシアに行った時は2週間前に言われました。この時は歯医者に通っていて、歯を半分削ったまま転勤し、結局2年半後に帰国するまで歯はそのままで少し摩滅してしまいました。こんな風にスリランカに赴任しましたので、赴任当初は、仕事以外では駐在員同士の週末ゴルフや食事会に明け暮れ、仕事がらみのスリランカ人の他は全く現地の人との交流はありませんでした。

 ところがコロンボ市内で唯一のゴルフ場が従業員のストライキで3ヶ月間閉鎖になり、ここでのプレーが出来なくなりました。スリランカの中央高原には、アジアで最初に開業したヌワラエリアゴルフ場があり、無理をすればコロンボから日帰りでゴルフが出来ます。でも、もともとゴルフがそれほど好きだった訳ではなく、週末の暇つぶしとしてプレーしていただけでしたので、ヌワラエリアまで行くのは面倒でした。同じ様な考えの人がいて、遠出するならスリランカの地方を回り、自然や遺跡、田舎を見て、いろいろな物を食べようということになりました。

 スリランカ各地を自分で車を運転して回った結果によって、僕はスリランカの魅力を発見し強く惹かれるようになったのです。つまりゴルフ場のストライキが僕にスリランカの魅力発見のきっかけになったといえるでしょう。‘わんりぃ’に連載させて頂く話はこの頃の経験と、最近情報を兼ねています。

 ただし、僕が駐在していた時期はスリランカでは内戦が激しい頃で、特に北部の「文化の三角地帯」と言われる地域は戦闘の最前線にあり、昼と夜では支配勢力が変わると言われる地域だったので、何度か怖い目にも会いました。この話は長くなるので別の機会に紹介させて頂こうと思います。