ヌワラエレヤの花売り娘



ヌワラエリヤで観光客が必ずと言っていいほど見かける光景は、坂道で花を売る青年達の姿です。今回はスリランカに行った事がない方、行ったにも拘わらず運悪く花売りに遭遇出来なかった方にヌワラエリヤの花売りを紹介します。

 ヌワラエリヤはスリランカのほぼ中央部の高原地帯にあります。コロンボから約180km、車で5〜6時間です。19世紀の英国植民地時代、日本でも有名なセイロン紅茶の産地として、また在留英国人の為の避暑地として発展しました。現在でも紅茶の生産地、避暑地、観光地として有名ですが、豊かな水と高原の涼しい気候を生かして、スリランカ随一のビール製造地であり、高原野菜、果物、花の生産地としても有名です。

 1889年にアジアで最初にオープンしたゴルフ場、英国風のクラシックホテルが開業当時の雰囲気のままに営業しています。夜間には、温度が10度を下回る事もあるのでホテルには暖炉があり、商店ではセーター等の防寒着も売られています。

 標高約1900mの高原にあるヌワラエリヤから標高約500mのキャンディまで65kmの国道5号線は曲がりくねった下り坂が続きます。

 ヌワラエリヤをスタートして暫くすると道は九十九折の急な坂道になります。急坂が始まる辺りに何人かの青年達が花束を抱えて立っています。青年達と言っても12,3歳位の子供から20歳近い人まで様々な年齢の人がいます。最初にこの場所で、青年達から花を買わないかと訊かれます。そこで花が売れれば彼達の苦労はないのですが、この時点で花を買う人は殆どいません。ヘアピンカーブを一つ曲がったところでも、似た様な人達が花はいらないかと訊いて来ます。この場所でも買う事を断って更にカーブを一つ曲がると、今度は少し息を切らせた人達が花を持って待っていて、ここでも花はいらないかと訊かれます。

 このあたりで観察眼の鋭い人は、一つ前のカーブに立っていた人達と顔つき、服装が似ている事に気づき始めます。更にカーブをもう一つ曲がると、今度はかなり息を切らせた人達が花を持って待っています。人数も減ってきています。坂が始まる辺りにいた青年達が先回りをして待っているのです。

 実は、この青年達、車が通り過ぎてしまうと花束を抱えたまま、崖を駆け下りて近道をして次のポイントで待ち受けているのです。何度か繰り返すうちに、諦めて最初の場所に戻って次のお客を待つ者も出てきますが、諦めずに追い駆けごっこを続ける者もいて最後には根負けしたお客に花を買ってもらえるのです。

 彼達の足元を見ると、靴を履いている人もいますが、ゴム草履や裸足の人もいます。この足で岩だらけの急な崖を駆け下りてくるのです。そして、これだけの苦労をして売れる花は一束100〜200ルピー位にしかなりません。売れたとしても何度も先回りをすればするほど、帰り道は遠くなる事になります。一日に何束の花束が売れるのかは知りませんが、花を売るための努力には頭が下がります。

 スリランカでは家計の為に小さな子供が一生懸命に働いている姿をよく見かけますが、この花を売ったお金も全額が彼達のお小遣いにはならず、一家の家計を支えるたしになります。花を売ると聞けば、何か優雅な商売と感じますが、ここでは自らの肉体を酷使した過酷で危険な商売です。そして、花を買ってもらった時には、そんな厳しい商売とは思えない笑顔がこぼれます。

 乗合バスでは、残念ながらこの花売りが崖を駆け下りて商売するところを見られません。なぜって花売り達のお客さんは観光客と決まっているからです。又、キャンディから南部に向かう車も彼らの商売の対象になりません。登り道では、彼達の足がどんなに速くても車の先回りは無理でしょう。

 スリランカを旅して、下りの車に花を売ろうと崖を駆け下りる彼達を見かけたら、花が売れずがっかりしている青年を見かけたら「アーユボーワン」と言って花を買ってあげて下さい。きっと、とびっきりの笑顔が見られますよ。「アーユボーワン」はスリランカの国語であるシンハラ語で、こんにちは、さようなら等の意味です。