ぼくが見て感じたスリランカ紹介10


ジェフリーバウワーの別荘訪問記

 1995年の夏、コロンボ市内ゴールロードに面したベアフットと云う、ちょっと気の効いた民芸品やお土産の置いてある店の地下にある本屋で、面白い本はないかと何冊かの本をめくっている時にベントータにあるジェフリーバウワーの別荘を題材ににした写真集に巡り会いました。

 写真集の見開きページには手書きの宝捜しの様な別荘までの地図が記載されていました。この地図を頼りに友人達と別荘を訪問してみようという事になったのが今回の記事の始まりです。この本屋さんにはスリランカに関する面白い本がたくさんあるのでお薦めの場所です。本屋さんだけでなくベアフットの店自体も洒落たお土産を探すのを楽しめるし、喫茶室もあるので散歩の途中で一休みの場所としてもお薦めです。

 ジェフリーバウワー(1919年〜2003年)はスリランカを代表する建築デザイナーで、国会議事堂をはじめとして多くの官庁建物、カンダラマホテル等の高級ホテルを設計し、東洋のガウディと呼ばれていました。コロンボ市内のバガッタレーロード(Bagatalle Rd.)にあった自宅、ベアフットから歩いて直ぐの場所にあったアトリエ(現在はパラダイスロード・ザ・ギャラリーと云うレストラン兼ショップ)、市内各所にある個人住宅やマンションなどでバウワーのユニークなデザインを見る事が出来ます。 この他にバウワーは国内に何箇所かの別荘を持っており、いずれも面白いデザインです。このなかで代表的な別荘が今回のベントータ近郊にある別荘です。この場所はLunuganga(ルヌガンガ)と呼ばれ、現在はこの地にバウワーの遺骨が眠っています。余談ですが1995年当時、コロンボ日本人学校はジェフリーバウワーの自宅の近所にありました。日本人学校の所在地にしてはユニークな地名でしたね。

 コロンボを車で出発し海岸線に沿ってゴールロードを60kmほど南にドライブするとベントータに着きます。コロンボ〜ベントータ間にも興味深い場所がたくさんあるので機会があれば紹介したいと思います。

 ベントータは海岸線沿いにリゾートホテルが点在し、スリランカ人の新婚旅行先、欧米人のバカンス地として人気の高い場所です。目的の別荘は街中からベントータ川沿いに10kmほど内陸に入ったルヌガンガ湖畔にありました。コロンボからベントータまでは海岸線に沿って進むために道を間違えようがありませんが、ベントータからが難関でした。手書きの地図ではベントータから別荘までは曲がりくねってはいても、ほぼ一本道になっていたのですが実際には全く違っていて地図を信用したのが失敗でした。

 その他にも失敗の連続で、そもそもシンハラ語をほとんど喋れない日本人だけで出かけるなんて無謀な冒険だし、スリランカの多くの人達が地図を読む事が出来ないと云う事を知っていたにも拘わらず何度も道を聞いた事などです。

 スリランカでは英語が都市部ではかなり通用するのですが、地方ではほとんど通じなくなります。この時も道を聞いたといっても地図を見せての筆談に近い会話でした。さらに悪い事にスリランカの人達には悪気はないのでしょうが、たとえ道を知らなくても知らないとは言わない事です。地図上の現在地も判らない、方角も判らないのに自信をもった手ぶりで直進だ、右だ、左だと教えてくれます。その度に目的地から遠くなります。また周囲の景色も、何処を走っても同じ様な集落と田畑が広がっていて、私達もしだいに方向感覚が狂ってきました。 同じ家の前を何度も通るので、庭で涼んでいた家人が心配してわざわざ家の外まで出てきてくれるのですが、そのたびに悩んだ挙句に前回とは違う方向を教えてくれたりします。結局は村の周辺をグルグルしただけで目的地には到着できません。
 ベントータ周辺の田舎道は全て走破したのではないかと思うほど走った後で漸く別荘に到着しました。なんと、そこは何度も間近まで来ては村人の指示で違う方向に曲がった交差点をまっすぐ行ったところにありました。看板などの目印はありませんでしたが、広い前庭と駐車場がある大きなお屋敷なのに、何故近所の人達がスリランカで一番の建築家の別荘の場所を知らないのかと思いましたが、「スリランカだからしかたないか」という事で妙に納得してしまいました。

 駐車場に車を残して前庭に入っても人がいる気配はありません。勝手に散策しながら庭を横切って母屋に近づくと初老の紳士が母屋から出てきました。当家の執事だと名乗り、私達のようなアポイントもなしに飛び込んできた無礼な外国人に対して、本当に親切に相手をして下さいました。主人は別荘に滞在しており、昼寝中なので目覚めたらお茶を一緒にしましょうと言ってくれました。氏が目覚めるまでの間、別荘の中を案内してもらいましたが、東洋のガウディと呼ばれているのに相応しく風変わりな建物でした。

 氏が遊び心で設計したのでしょうか、客用の部屋は大樹の枝の上に設けられており、居間はオブジェだらけ、テラスの手すりはタイル張りで波打っているといった感じです。トイレは今から10年以上前のスリランカ、しかもベントータの片田舎だというのに全て洋式水洗便器が施されていました。

 湖に面した広大な庭は氏の弟が設計したそうですが、氏が設計したトライトンホテルやカンダラマホテルのランドスケープと同じで湖の水面と庭の池が一体化するように設計されていて、とんでもないスケールの別荘である事に驚愕した事を今でも覚えています。

 氏が目覚めてから居間でお茶を一緒にいただき話をする機会を得ましたが、何を話したのか全てを思い出せないほど感激しました。既にこの頃には歩行が困難になっていて移動には日本製の電動カートを使っていましたが、その日は居間から湖を見渡せるテラスまで執事さんの手を借りてゆっくり歩いて移動し、この別荘の設計コンセプトを説明して下さいました。

 例の手書きの地図は氏が自ら描いたそうです。これほど偉大な建築デザイナーでも地図を書くのは苦手なようで、僕としては氏の人間味を感じる事が出来てちょっと嬉しくなりました。スリランカに何度も行って、行く所が無くなったら訪問すると面白い場所のひとつですよ! 残念ながらジェフリーバウワーは2003年に他界しましたが、別荘は The Lununga Trustの手によって管理されていて現在でも見学する事が出来ます。

 教訓としては、知らない場所には現地語を喋れる人と行く事、「手書きの地図」とスリランカの人の「良く知っている」には注意しましょうと云う事でしょうか!