ぼくが見て感じたスリランカ紹30


                             ジャフナ珍道中 X

                            
 新聞等でご存知の方もいらっしゃると思いますが、スリランカ北部・東北部でのLTTEとスリランカ政府軍との戦闘が終了しました。
昨年末より政府軍によって行われていた掃討作戦が、今年(2009年)5月には僅か数平方kmにすぎないLTTE最後の拠点をめぐっての局地的攻防戦になっていましたが、ついに5月17日にLTTEが自らスリランカ北部・東北部での戦闘終了を宣言しました。

これに続いて19日にはスリランカ政府もLTTE支配地域を完全制圧しリーダーのプラバカランとその腹心数名を殺害した事を発表しました。これによって26年に及んだスリランカ政府とLTTEの武力紛争は双方で7万人を越える犠牲者を出して終了しました。

ただし、LTTEとの紛争が終了しただけで、タミール人問題やシンハラナショナリズム問題が解決されたのではありません。スリランカ政府が今後のタミール人政策を誤ったり、過度のシンハラ優遇政策を執り続けると第二、第三のLTTEが出現する可能性が残されています。

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 さてジャフナ珍道中に話を戻しましょう。前回はLTTEの支配地域に入って、未処理地雷原に差し掛かったところで終わりました。

 この地区では住人の姿は全くありませんでした。紛争の前は農地であったにも拘わらず、目に見える範囲には住居や作業小屋の跡すらも見あたりません。これらは26年間にわたる紛争で跡形も無く消え去ってしまったようです。

 此処の他にもLTTE支配地域内全域に渡って地雷原は点在するのでしょうが、道路沿いにあって僕達の目でも確認できる地雷原はここだけでした。未処理の地雷が剥き出しのまま放置されている現場を目撃する事ができたのは貴重な経験でした。さらに良かったのは道路が舗装されていたおかげで、LTTEの監視員の姿を気にしながらも制限速度を無視して突っ走る事ができたので、チェックポイントを通過する際に生じた遅れを取り戻したばかりか更に若干の余裕が出来た事です。

 地雷原を通過すると小さな集落が次々と出現し、住人達の姿も見られるようになりました。子供達は戦場での生活しか知らないにも拘わらず屈託無く遊んでいます。

 でも、どう見ても就学年齢に達している子供が含まれています。平日の真昼間から家で遊んでいるなんて変です。この集落からほんの数十kmだけコロンボ側に戻れば同世代の子供達が学校に通っています、ここの子供達が通うことの出来る学校があるのか心配になってきました。

 集落とはいっても椰子の葉で屋根を葺いた小屋ばかりです。LTTEのチェックポイントを通過する際に言い渡された注意事項の中には、住人と話をしてはいけないと云う項目もあったのですが、同行のカルナラトネ君が監視員の目を盗んで片言のタミール語で聞き出したところでは、先程の地雷原を追われた人達の集落でした。ほとんど情報を聞き出す事は出来ませんでしたが、衣食住は確保されているようです。農地には地雷が残っていて耕作は出来ないだろうし、衣類や食糧を得るためのお金を得る手段は何も無さそうです。推測ですが、各国からの救援物資を頼りにしているのでしょう。コロンボで聞いていた話ではLTTEが救援物資をピンハネしていて末端まで物資が渡っていないと云う事でした。紛争中はどうであったか知る術もありませんが、休戦に入った現時点では末端の小さな集落まで物資はいき渡っているようです。

 LTTE支配地域内で印象的だったのは、このような集落の前後や道路が分かれる箇所には決まったように、銃を持ったLTTEの兵士の姿と士気を煽るためのスローガンを書いた看板と、LTTEが要求している領土の模型がある事でした。紛争中にはこの看板は兵士の募集に使われていたそうです。領土の模型にはスリランカ北部・東部の大部分が含まれています。

地雷原を抜けると道路はもとのデコボコ道に戻ってしまいました。反対側のチェックポイントまで残り65kmほどのところまで来ると、道路から少し入った所に人だかりのしている小さな店を発見しました。北部名物のパルミラ椰子から造った密造酒売りの店です。

 周囲に監視員がいないのを確認して同行の二人は嬉しそうに、先程の舗装道路で時間を稼いだから少しだけ休憩していこうと言い始めました。店に入ると先客達が胡散臭そうにこちらを見ていましたが、そこは飲兵衛同士です。すぐにタミール語とシンハラ語のチャンポンの会話が弾んでいます。

 僕はどちらの言葉も判らないので、集まっている人達を観察しながら、密造酒を呑む以外にする事がありません。集まっている人達の衣服は新しい物に見えました。乗って来た自転車やオートバイもかなり新しいものでした。先程の集落でも感じたように物資はいき渡っているようです。

 先客のうちの一人が乗ってきた赤いオートバイを見て驚きました。後輪の泥除けに郵便局のマークがあります。これは、日本の郵政省が払い下げた集配用のオートバイだそうです。スリランカのLTTE支配地内でお馴染みのオートバイにお目に掛かるなんて驚きます。

 さて、密造酒は発酵しすぎた乳酸飲料のように甘酸っぱく、アルコール度数はかなり強いものでした。古びたバケツから縁の欠けたコップやプラスチックのカップに注がれてサービスされます。かすかに白濁した密造酒の表面には椰子の葉の破片なのかゴミなのか何やら判らない物が浮いています。アルコール消毒しているから大丈夫だろうと思い飲んでみると、最初はあまり美味しく感じませんでしたが杯を重ねるうちには味はどうでも良くなり、調子に乗って言葉もわからないのに会話に割り込んで皆に密造酒を振舞いはじめるしまつです。

 酒と楽しい会話を楽しんでいるうちに時間のたつのを忘れてしまい、気が付けば3時を過ぎています。タイムリミットの5時までにチェックポイントを通過するのにはギリギリの時間しか残っていません。大慌てで店を飛び出そうとすると、先客達が密造酒をペットボトルに入れてお土産として持たせてくれました。

 別れの挨拶もそこそこに、恐らくは二度と会う事はないだろう人々を後に店を飛び出しました。  (続く(続く)


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