ぼくが見て感じたスリランカ51

スリランカのお酒W

 今回はポヤデーと「お酒」の話をしましょう。

 日本では陰暦で8月の満月の日を「中秋の名月」という風流な名称で呼び、古よりお団子を供え、ススキを飾って、真ん丸のお月様を愛でてきました。しかし、スリランカでは毎月、満月の日をポヤデーと呼んでとても神聖な日と考え、祭日となっていますが、9月の月もビナラ月(シンハラ語の9月)のポヤデーと呼ぶだけで他月の満月の日と同じで特別な扱いはしません。

 スリランカで一般的な国家行事や日常生活では太陽暦を使っていますが、宗教上の儀式では各民族によってシンハラ暦やタミール暦等に基づいて儀式を執り行う日時や開始時間が決められる事が多く、ポヤデーはシンハラ暦に基づいた行事です。労働や娯楽を慎む日とされ、官庁や学校、銀行、一般の会社の多くが休みになります。敬虔な仏教徒はお寺へ参拝しますので、各地の高名なお寺では終日祈りを捧げる仏教徒で大変な賑わいです。特にバク月(4月)のポヤデーはスリランカの正月と重なりますので最重要なスリランカの祭日です。

 スリランカは祭日が多いと言われています。ポヤデーだけでも年に12回もあり、シンハラ暦以外の民族独自の大きな儀式の日も祭日ですので、ますます祝日が増えます。もちろんクリスマスも祭日になっています。祭日はざっと数えて年間24日あります。1ヶ月の日数に近いですね、

 さてポヤデーと「お酒」は密接な関係があります。それも、酒飲みにとっては非常に辛い関係の一日です。前述の様にポヤデーは労働や娯楽を慎まなくてはいけません。飲酒も慎しむ事に含まれ、なんと国中の酒屋がこの日は閉店になり、アルコール類が入手出来なくなります。飲食店でも一切のアルコール類の提供が禁止され、海外からの観光客が宿泊する一流ホテルでも例外ではありません。ヒルトンホテルのメインバーでも、プールサイドバーでも情けない事にソフトドリンクしか出てきません。

 娯楽を慎む日ですが、多分スポーツは娯楽とは考えられていないのでしょう。祭日なのでテニス、ゴルフ他のスポーツに興じる外国人が多数います。しかし、この日ばかりはクラブハウスでもソフトドリンクしかありません。一般家庭での飲酒もご法度です。たぶん、こっそり密やかに飲んでいる人はいると思いますが、宗教警察の様な組織が飲酒現場を嗅ぎまわって摘発しているという話です。

 中近東に赴任した同僚は、表向きは毎日が禁酒の日々ですから、これに比べれば月に一度位の禁酒日なんて大した事はない」と言っていましたが、そこは酒飲みの楽しい習性で、般若湯を捜して走り回ります。

 どこそこの中華料理店はヤカンにビールを移し替えて提供してくれると聞けば走り、どこぞのローカルホテルの喫茶室では一滴垂らすどころかお茶よりもウィスキーがほとんどの紅茶が飲めると聞けばまたまた走り、某店では施錠しカーテンを締め切って常連客だけにアルコールを出しているなど色々な話があります。場末の飲食店まで行けば、かなりの確率でお酒が飲めるようです。

 日本へ帰任し何年か経って、スリランカに遊びに行った時の事です。レンタカーを借りて目的地を決めずに走り回り、夕方に着いた町で宿を探すという旅をしていました。

 たまたまポヤデーだった日に日本で1回だけ夕食をともにしたスリランカ人の住む町に偶然に着きました。ポヤデーにあたるこの日の町は当然ながら閑散としていました。宿を決めてから、この町に誰か知り合いはいないかと手持ちの住所録を繰っていると彼の名前が出てきました。さっそく電話をしてみると、彼は不在だったので家族の方に名前と宿名を伝えておきました。

 その後、夕食がてら町を散歩して宿に帰ってみると、部屋に置いた荷物がなくなっています。慌ててフロントに行くと、従業員が笑顔で何か言っています。○○さんの知り合いならば先に言ってくれないと困ると言っているようです。この町に住むその人は地元ではかなりの有力者のようで、自ら宿に乗り込んで来るや自分の客人は家に泊まってもらうと言って、僕の部屋の鍵を強引に開けさせて荷物を彼の自宅に運んでしまったというではありませんか。

 暫らくすると迎えの人が来て彼の自宅へ向いました。着いてみるとビックリで、スリランカの片田舎の家としては恐ろしく立派な家でした。家族全員が玄関から飛び出てきて大歓迎をうけました。ところが困った事に、相手は片言の英語しか話せない、僕はシンハラ語を片言も話せない、コミュニケーションの手段がありません。先ほども名前と宿名を伝えるのにも苦労しました。そこで彼がとった行動は、あまりにも単純で驚きました。地元の中学校の英語教師を叩き起こして連れて来て通訳をさせたのです。

 既に時間は午後9時を過ぎていたのですが、食材がどこからか届き、近所の奥さん達の手も借りて宴会の準備開始です。毎度の事ですが、奥さん達は甲斐甲斐しく働き、旦那衆は何もせずにウロウロしています。
 英語教師を通訳に日本に関する質問に答えていると、ポヤデーにも係わらずお酒が出てきました。僕も、日本から持ってきたウィスキーと日本酒を提供して盛り上がっている内にお酒が無くなってしまいました。またまた驚いた事に、今度は酒屋を叩き起こしてお酒を買って来させました。

 既に日付が変わったから大丈夫だと大真面目な顔で言うのですが、僕の時計ではまだまだ日付変更前で、真ん丸のお月様も夜空で輝いています。時間のごまかし方がポヤデーらしくて面白いですね。僕もまだポヤデーの内だぞ、なんて野暮な事は言いません。一緒になって飲み続けている内に料理も並べられ、奥様方も一緒になって明け方まで文字どうりに飲めや歌えの大宴会が続きました。

この1件がポヤデーに係わる僕の一番の思い出です。



僕が見て感じたスリランカ・目次へ     TOP