ぼくが見て感じたスリランカ紹介73      

カーフュー

    皆さんは「カーフュー」という言葉を御存じですか?僕はスリランカに赴任するまで知りませんでした。英語ではCurfewと綴ります。元々の意味は家に帰る合図の晩鐘の事ですが、現在では転じて戒厳令下の外出禁止令という意味になります。

 僕が赴任していた当時のスリランカはLTTE(Liberation Tiger of Tamil Eelamタミル・イーラム解放のトラ)との内戦が激しい頃でした。コロンボ市内の政府庁舎や軍事基地、中央銀行等がLTTEの攻撃の目標とされ、ほぼ2〜3カ月に1度の割合で市内でも時限爆弾や人間爆弾による爆発が起きていました。

 コロンボはそんなに大きな街ではないので、市内のどこかで爆発が起こると事務所に居ても衝撃で建物が揺れ、椅子に座っていれば体が浮き上がります。この様な状況になると、死傷者の収容が終わって暫くするとテレビやラジオを通じて外出禁止令が発令され2日〜3日ぐらいは身動きが出来なくなります。

 発令後数時間もすると許可書を持たずに戸外にいると軍隊・警察によって拘束されたり、へたをすれば射殺されても文句が言えません。スリランカ人スタッフは慣れたもので、爆発が起きると直ちに帰り支度を始めて、外出禁止令が発令される前に急いで家路につきます。確かに外出禁止令が発令される頃には、事務所の前の道路はあらゆる交通手段を使って急いで帰る人達で大渋滞が始まってしまうので、一刻でも早く帰ろうとします。

 スリランカ人スタッフが帰った後は、日本人スタッフが大忙しになります。コロンボ市内だけではなくスリランカ各地に散らばっている現場への、安全確認と外出禁止令発令中の注意事項の伝達。通信網も混乱しているので簡単には出来ません。

 現場への連絡が終わると、各現場の日本人スタッがコロンボに残している家族の安否確認を始めます。繁華街に近い政府庁舎等が狙われる事が多いので、外出中に巻き込まれている可能性があるからです。コロンボ事務所の日本人スタッフの家は、事務所から歩いて行ける範囲内にあるので安否確認は簡単です。

 ところが、現場で働いている日本人スタッフの家は市内各所に散在するので連絡が大変です。市内電話は回線が一杯になっていて繋がり難くなっているので、家に直接出向いて確認する事になります。道路は大渋滞で車での移動は難しくなると同時に、この頃には外出禁止令が実効される時間が近づいてきています。そこで、一人だけ残しておいたスリランカ人スタッフと共に最寄りの警察署に行って許可書を申請しますが、警察署も渋滞の交通整理や何やらの人手不足のために事がスムーズに運びません。ようやく許可書を手に入れて警察署を出る頃には、道路はガランとしていて、軍用車両と警察車両しか走っていません。

 街角には急ごしらえの検問所が設けられ、フル装備の軍人が銃を構えて緊張した眼差しで周囲を見回しています。普段は弛緩した雰囲気の警官も防弾チョッキを着用し楯を構えています。

 家族の安否確認の為に車を走らせていると、検問所の度に停車させられ、許可書に記載されている名前とパスポートに記載されている名前の照合です。OKが出るまでの間、殺気立った兵士や警官に囲まれて緊張しますが、OKが出れば兵士達も表情が穏やかになります。きっと兵士達だって怖いのでしょうね。

 世の中には間の悪い人がいます、外出禁止令が出ているさ中に転勤や出張で空港に到着する人たちです。搭乗前に外出禁止令が出ていると伝わっていればキャンセルする事も出来たでしょうが、フライト中に事件が起きて外出禁止令が出たら諦めるしかありません。

 普段ならば、スリランカらしく簡単にイミグレや税関を通過できるのですが、この時ばかりはしっかりと調べられます。ようやく到着ロビーに出ると今度は、戦闘服を着た兵士達が銃を構えてお出迎えをしてくれます。機内である程度は聞いているのでしょうが、結構緊張した顔で迎えに来ている僕たちの前に現れます。ホテルまで送る間にも何カ所もの検問所で停められ、外出許可書とパスポートの照合が行われます。転勤者等はこの事によって紛争国に来たのだと実感した事でしょう。

 余談ですが、僕が赴任して初めて外出禁止例が発令され、事務所の窓からガラガラになった道路を眺めていた時の事です。同僚日本人スタッフが寄ってきて、並んで外を見ながら「赤岡さん、カーフューってCar fewと書くのですよ」と教えてくれました。外出禁止令なんて生まれて初めての経験だったので少し緊張していたのか、この言葉を真に受けてしまい僕は、「それで車が少ないんですね」なんて答えてしまいました。もちろん、周りにいた人達は大笑いです。暫くの間、何で笑われているのか判りませんでしたが、緊張している僕を和ませるための冗談だったのです。

僕が見て感じたスリランカ・目次へ     TOP