ぼくが見て感じたスリランカ紹介77
      

スリランカの鉄道  その1


  今回はスリランカの鉄道について話そうと思います。

 1825年に英国でスチィーブンソンによって考案された、蒸気機関を利用して走る鉄道が誕生しました。それから僅か33年後の1858年には、英国植民地政府によってスリランカで最初の鉄道が敷設されました。

 アメリカでは1830年に蒸気機関による鉄道が営業開始、日本では1872年になって新橋~横浜間が開業したのに比べても、かなり早い時期からスリランカの鉄道の歴史が始まっていた事が判ります。当初は主に中部高原地帯のキャンディやヌワラエリアからの茶葉やスパイス、農産物の輸送と、コロンボ在留の外国人達が避暑地への足として利用されていました。

 2006年6月の‘わんりぃ’誌にキャンディロードの蒸気機関ロードローラーという文章を載せています。この時には道路を作る話として記載されていますが、鉄道を敷設する際にも同じような苦労があった事でしょう。

 その後、コロンボのフォート駅を起点にスリランカの主要都市へ放射状に路線が延び、現在では総延長が1499Kmになっています。放射状に路線が延びましたが、路線の最先端に位置する都市間を横に繫ぐ路線が発展しなかったために、観光客にとっては使い勝手が悪い物になっている事が残念なところです。それでも最近では、コロンボ~キャンディ間には、オリエント急行の様な車両を使った特別編成の観光列車を走らせたりして、観光客誘致に力を入れ始めて来ています。

 現在の鉄道の利用状況は通勤・通学者が中心になっています。茶葉や農産物の輸送はトラック輸送が主に変わってしまいました。早起きが得意な方は、朝のお散歩がてらフォート駅に7時~8時頃に行ってみて下さい。おおよそ5分おきに各地からデッキまで人を満載にした通勤・通学列車が到着します。普段は嫌になる程ノンビリと歩くスリランカ人達が、この時ばかりは闘争心を燃やします。多くの人が跨線橋を昇り降りして出口に向かうという、悠長な事はしません。プラットホームから線路に飛び降りて出口に向かって一目散に進みます。何故かと言うと、通勤・通学の難行はフォート駅で終わる訳ではないからです。

 フォート駅のすぐ近くにあるバスターミナルからコロンボ市内各地へバスに乗り換えて、更に目的地向かうからです。誰よりも早くバスに乗って座席を確保するために、スリランカの人には珍しく急ぎ足になります。

 さて、朝方の喧騒が終わるとフォート駅は急に静かになります。鉄道ダイアは朝夕の通勤・通学時間を中心に組まれていて、日中はキャンディやアヌラダプラ、ゴールといった主要都市であり観光の中心になる都市に向かう列車ですら3~4本程度しかありません。1時間に数本というのではありません、朝夕を除くとほとんど列車が走っていないと言う事です。他に交通手段の無い地方の路線では午後の学生の帰宅時間に併せて通学列車を走らせています。

 2~3年前までは鉄道事業はスリランカ国鉄の独占事業でしたが、最近になって民間企業が、国鉄のレールを利用するものの独自の動力車・客車を使って鉄道事業に参入してきています。これに対抗してスリランカ国鉄も新型車両を投入するなど近代化に向かって漸く動き始めました。
 鉄道マニア向けのマニュアックな話になりますが、現在ではスリランカ鉄道のレール幅は広軌道(1676mm)に統一されています。因みに日本の鉄道は、新幹線を除いて狭軌道(1067mm)でかなり狭いレール幅が採用されています。

 かつては、スリランカでは狭軌道よりも更に狭いレール幅が762mmという軽便鉄道規格が採用されていた路線もありました。驚いたことに、この軽便鉄道規格のレールと、1949年製造のドイツ製動力車と客車が、前回のコロンボ国立博物館とその界隈のなかで紹介したヴィハーラ・マハー・デーヴィ公園の中に、900mの区間に渡ってレールを敷設し、ポイント、信号などの諸設備も当時のままに動態保存されています。

 動態保存と言うのは、町田の元第2庁舎や新橋駅前に固定展示している様な形態ではなく、実際に線路上を走っている姿を見せる展示方法です。

 僕が駐在していた時には、家がヴィハーラ・マハー・デーヴィ公園の直ぐそばだったので土曜・日曜日に公園に散歩に行くと、子供達を乗せて走っている姿を見かけました。当時はこの鉄道が、それほどに貴重な物だとは知らなかったので、公園の中にある色々な遊戯施設と同じに考えていて、乗車しなかった事が悔やまれます。

 最近聞いた話では、ここ何年かは動力車が故障し、部品が入手できないためにホームでの展示しか行われていないようです。どんなに古い車の故障でも、部品を手作りしたり、他メーカーの部品に手を加えて流用したりして、故障を直してしまうスリランカ人の事ですから、近いうちに走れるようになる事でしょう。                (続く)


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