ぼくが見て感じたスリランカ紹介86

                       スリランカ・カレーよもやま話V

      

 スリランカにはカレーと言う名の食べ物は無いと最初に書きました。それではなぜ英語ではCurryという料理名で呼ぶようになったかには諸説あります。

 この事を考えるには、スリランカとインドを一つの地域として考える必要があります。ヒンズー語にはターカリーという「香り高い食べ物」を意味する言葉や、タミール語にはカリという「神に供える野菜料理」とか「汁物料理」、「料理の具」を表す言葉があります。他にもお釈迦様が命名したとか諸説があります。現在でも、インド料理店で一皿に色々な料理がセットされて出てくるプレート料理をターリーと呼んでいます、これも関係あるかもしれませんね。

 恐らくはスリランカやインドで、ヨーロッパ人が初めて経験する味の料理を食べた後で、現地の言葉は判らないので料理を指さして、この料理は何という名前だと現地の人に訊いたのでしょう。訊かれた人にしても、ヨーロッパ人の言葉が判る訳もなく、適当にターカリーとかカリ、ターリー等と答えたのに違いありません。これが巡り回ってCurryという一つの言葉になったのではないかと僕は考えています。

 Curryは英語ですが、スリランカやインドには、イギリスだけでなくポルトガルやオランダ、フランス、イタリアを初めとしたヨーロッパの列強がスパイス求めて大挙として押し寄せていました。最終的にはスリランカとインドはイギリスの植民地になりましたが、それ以前には短期間ではありますが、イギリス以外の国々が部分統治をしたり、植民地化していた時期があります。つまり、イギリス人がカレーを食べた頃と同じ時期か、それよりも前に、カレーを食べたヨーロッパ人がいて、異国の食べ物をターカリーやカリ、ターリーと其々の母国の発音で呼んでいた事でしょう。これらが下地になって英語のCurryという言葉が生まれたのではないでしょうか。いずれにしても、最初は辛い料理をカレーと呼んだのではなく、スパイシー且つ懐かしい異国の料理をカレーと呼んでいた事には間違いないようです。

 カレーの語源の話はこれ位にして、次は「とろみ」の話をしましょう。スリランカのカレーは色々な食材をごったに使った日本のカレーと違って、それぞれの単独の食材だけを、これを最も生かす何種類かのスパイスによって調理します。国内のスリランカ・レストランやスリランカ・フェスティバル等でカレーを食べた事のある方はご存知でしょうが、スリランカのカレーには全くとろみがありません。

 国内の家庭やレストランで私たちが食べ慣れているカレーは、カレールーを使ったり、小麦後を炒め入れたりしてとろみをつけています。最近では日本でもスープカレーと言う食べ物が流行っているようですが、これはとろみが無いだけで普段食べ慣れているカレーと同じ様に、色々な具材が混ざっていますね。スリランカのカレーを水っぽいと言うと語弊がありますが、まさしくスリランカレーは単独の食材が、個々の食材に合わせたスパイスで調理され、全くとろみのないスープと共に一皿に盛られる料理です。そう言えばブリヤーニという全く汁気のない、ドライカレーとは異なった炊き込みご飯の様なカレーの一種もありました。これは機会があればお話ししましょう。

 なぜ日本におけるカレーは、スリランカやインドのカレーとこれほどに食感が異なっているのでしょうか?これは日本にカレーが紹介された経緯の違いであると思われます。前回に書いたように、江戸時代末期から明治時代初期に三宅秀や山川健次郎らによって記録されている、カレーのイメージは食べ物としてはあまり良い物ではありませんでした。それが故に、スリランカやインドから直接にはカレーという食べ物が日本に紹介される事は無かったと、僕は考えています。

 明治時代初期、文明開化の日本では西洋のものならば全て、日本のものより優れていると言う発想があり、それまでの日本固有の食文化に無かったすき焼きなどの肉料理が入ってきました。江戸時代後期には鎖国をしていた事も有り、西アジアのスパイスはそんなに多くは輸入されていなかったと思われます。それらが起因となり、日本にはカレーに類するような料理は生まれなかったのでしょう。

 日本には、スリランカやインドからヨーロッパ各国に渡った後に、西洋料理としてヨーロッパから伝わってきました。最初から、スパイシーなアジアの食べ物として、日本に直接紹介されていたのならば、日本人が得意とするアレンジ能力によって、段々と改良されて今日のカレーとは全く違った料理になっていた可能性があったかもしれませんね。(続く)

■参考文献
水野仁輔:カレーライスの謎(角川SSC新書), 2008.
小菅佳子:カレーライスの誕生(講談社学術文庫), 2013



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