媛媛講故事―18

                         
      呉剛、桂の樹を伐る             何媛媛

 


  今年の十月の三日は、中国の中秋節でしたが、この日は一日中、生憎の曇り空で、残念ながら夜になっても中秋の名月を見ることができませんでした。しかし、翌日の夜は、雲ひとつない澄んだ空に、煌々と耀く美しい十六夜の月が懸かりました。その月を見ている内に、月に纏わる話をまたしたくなってきました。

 昨年は月に纏わる物語として、月に住むという常蛾の話しを書きましたが、実は月には常蛾の他にも、一人の男性が住んでいると言われています。その男性は「呉剛」といい、日本へも「桂男」(注)という民話の伝説になって伝わっているようです。

 昔、「呉剛」という男がいました。たいへんな怠け者で、働くことが大嫌いで、奇想天外な夢想に耽ってばかりいましたが、或る時、仙術を習って仙人になろうと心を決めました。或る日、呉剛は荷物を纏めると、「俺は仙人になるための良い先生を見つけに旅に出るぞ」と妻に告げて、家を出て行きました。

 旅に出た呉剛は著名な先生を訪ねて方々を巡り歩き、仙術をなんとか身に着けようとしました。しかし、修行のための苦労に耐えられず、何をしても三日坊主で長く続かず、何年経っても結局は仙人になる術を何もものにできませんでした。その内、呉剛は家のことが懐かしくてたまらず帰路に着きました。


 一方、家に残された呉剛の妻は、ずっと呉剛を待っていましたが、待っても待っても呉剛の姿どころか、呉剛の消息さえも一切聞こえなくなっていました。呉剛の妻はもう夫は帰ってこないと絶望し、伯陵という男と再婚して三人の男の子を生みました。

 呉剛が故郷に戻り、自分の家の門をくぐって見ると、庭で三人の子供が楽しく遊んでおり、一人の男が薪を割っていました。びっくりして、家を間違ったと思いましたが、自分の妻が軒の下で布を織っている姿が見えます。「妻はもう再婚してしまったのだ」と悟ると呉剛の心の中に激しい怒りが湧き上がりました。呉剛は一本の木の棒を取り上げると、大声で怒鳴りながら男の頭にその木を振り下ろしました。男はそれを避けようとあちこち逃げ惑いましたが、結局、打ち倒されて、頭から血を流して再び起き上がることはありませんでした。子供たちはその光景にびっくり、わあわあと泣き出し、妻も突然のことにしばし言葉を失い、しばらくすると悲痛な声で泣きはじめました。

 その騒ぎは隣人達にも届いて、皆、何事が起こったかとビックリして集まって来、呉剛が帰って来たことを知りました。隣人達の中には妻が再婚したことは当然の成り行きだと認める人もいれば、妻として呉剛の帰りを待つべきだったと批判する人もいて激しい議論になり大変な騒ぎになりました。

 この騒ぎが程なく天上界に伝わり、今は天界の神になった炎帝の耳にも入りました。実は、伯陵は炎帝の子孫の一人でもあったので、炎帝の機嫌が悪くなりました。

 炎帝としてみれば、呉剛は、自分の子孫を殺すという重罪を犯したのですから、厳しい処罰を与えて懲らしめなければいけないのです。しかし、伯陵も他人の妻を娶ったという誤りを犯したことを考えて、呉剛の罪を軽くしようと炎帝は考えました。呉剛の、仙人になりたいという夢を知っていた炎帝は、呉剛の仙人になりたいという願いを実現させると共に、呉剛を寒くて、寂しい月に追放しました。また同時に、桂の木を切らせるという罰も与え、その木が倒れるまで家へ戻ってはいけないと命じました。

 呉剛は月に昇りました。月は本当に寒くじっとしていられないほどです。目の前には、高さが五百丈(注)にもなる巨大な桂の木があり、木の上には小さな香りの良い花が満開に咲いていました。しかし呉剛は寒くてたまりません。怠け者の呉剛ですが、急いで斧を手にすると仕事を始めました。しかし、どうしたことでしょう。この怪しい木は、伐っても伐っても倒れないばかりか、傷はすぐ塞がって、斧を加えた跡は全く残りませんでした。気の短い呉剛は腹を立て斧を捨てて、寝てしまいました。何日間も寝続けて、そして呉剛は考えました。

「伐り倒せないことを悩むよりも、こつこつと伐り続ければ、必ず倒れるだろう。一日も早くこの寂しく寒い月から家へ帰ろうと思うなら、この桂の巨木を切るしかない」

 呉剛は覚悟をすると今度は真面目に仕事をし始めました。

 人間界にいる妻ですが、心の中では呉剛にすまない気持でいっぱいでした。そして、三人の息子達に、「大きくなったら、月に行って呉剛を手伝ってあげてください」と言い付けました。


 言い伝えでは、その後、一番上の息子はカエルになり、二番目の息子はうさぎになり、三番目の息子は楽師となって、皆、月に上りました。

 今、満月に踊りをしている常蛾、薬を作っているカエル、石臼で餅を搗く兎などの影が見え、楽器を弾く音が聞こえるようになった由来だそうです。


注1) 桂男(かつらおとこ)

 月に住むという妖怪の一種で、満月でないときに、月を長く見ると、桂男に招かれて命を落とすこともあるという説もある。日本では、妖怪とはいえ、雅やかな名前で絶世の美男子の姿をしているという。

注2) 丈:中国古代の1丈≒2.3m、現在の中国では3.33mである 
                   


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