媛媛講故事―38 怪異シリーズ 8 鏡の縁 何媛媛 唐の時代、江蘇省の楊州では、質の良い鏡を作るところとして広く知られていたところだったそうです。 天宝頃(742〜755)、韋栗という役人が江西省の新淦の丞(注1)に任命され、彼は家族を連れて船で赴任先に向かいました。その途中、船が楊州を通りかかりましたので、ここで一休みすることにして、韋栗の一行は岸に上がり町の見物をしました。 韋栗には十歳になる娘がいました。娘は、裏面に金色の漆で描かれた花模様のある鏡が気に入って、父に買ってほしいとねだりましたが韋栗は、 「今はまだ赴任の途中で、向こうに着くまでは色々大変なことが起ってお金が必要なことがあるかもしれない。だから今はまだこのような贅沢な物を買う余裕はないのだよ。向こうに着いたら、買って上げよう」 と言って、娘の懇願に応じてくれませんでした。 しかし、赴任地に着くと何かと忙しく、韋栗は娘と約束したことをすっかり忘れてしまいました。ところがその娘は、韋栗が任地について一年ほど経た頃、思ってもみなかったことに病気になり死んでしまいました。 それから何年間かして、韋栗の任期が満了し、娘の柩も一緒に船に乗せて帰ることになりました。 帰路も往路と同様に、楊州に着きますと船を停泊させ、暫く休むことにしました。 船が舫を繋いで暫く経った頃、岸に召使いを連れて鏡を買おうとしているらしい若い娘の姿がありました。見るほどに眉目形が美しい其の娘は、如何にも金持ちの家柄のお嬢さんといった雰囲気を漂わせています。周りにたむろしていた鏡売りの人々は、我先に鏡を売りつけようと娘の周りに集まってきました。その中に歳の頃まだ二十代になったばかりのような、色白の若者が直径一尺(30センチ)、裏には金の漆で花模様を描いた鏡を持って娘の前に進んできました。娘はその鏡の美しさにすぐ目を奪われました。 「おいくらですか」 「銅銭(注2)五千だ」 女の子は銅銭五千を取り出すと若者に渡し、若者は鏡を娘に渡しました。すると隣にいた鏡売りが娘と若者の間に割り込んで来ると、 「こっちはもっと安くていい物があるぞ。銅銭三千だ」 と言いました。 先の美青年はそれを聞くとすぐに 「ぼくも銅銭三千に負けよう」 と言いました。 娘は端正な顔立ちの若者に心を奪われたようすで若者を見つめたまま暫くじっと立っていましたが、まもなく名残惜しそうに鏡を持って立ち去って行きました。 若者は鏡を買ってくれた美しい娘と親しくなれたらどんなにか嬉しいだろうと、下人に娘の後を追わせ、どこに住んでいるか見届けさせました。その後、自分の店舗に戻り娘に手渡されたお金を確認しようとすると、なんと先程娘から受け取った三千銭の銅銭は黄色い紙銭に変わってしまっていました。 娘の住むところを下人から聞いた若者は紙銭を持って訪ねて行きました。 韋栗の船に着くと 「先程、こちらのお嬢さんが銅銭三千で鏡を買ってこの船に戻られました。ところが支払ってくださったそのお金は家に戻ってみると紙銭に変わってしまいました。その訳をお嬢さんにお訊きしたいと思いお伺いしました」 と言いました。 韋栗は、 「私にも娘が一人いましたが、もう数年前に亡くなりました。何かのお間違いではありませんか」 と訊き返しました。 若者は、 「そのお嬢さんは確かにこの船に入りましたよ」 「それでは、その娘さんというのはどんな格好をされておりますか」 韋栗は更にいろいろ若者に訊ねました。若者は娘の顔立ちや、服装などを詳しく話しますと、韋栗と妻は思わず涙をぼろぼろ流して語りました。 「あなたがおっしゃるのは、まさに亡くなった我が家の娘の亡くなる前の姿です。しかし、すでに死んでしまっています。この船には娘はもういないのだよ」 韋栗は、少年を連れて一部屋ずつ順に船を回って見せました。確かにあの眉目形の美しい娘の姿はどこにもおりません。最後に、柩の部屋に行きましたが部屋には柩以外なにもありませんでした。 と、その時、 「え!不思議だわ」 と、韋栗の妻が何かに気が付いて言いました。 「私が、娘があの世で困らないように、黄色い紙で剪った紙銭の額が足りませんわ。九千銭分の紙銭を娘の柩の上に置いときましたが、今は六千銭しか残っていませんわ。どういうことしょう?」 韋栗の妻が驚きを隠せないような表情で話すのを聞いていた韋栗やその場に居合わせた人たちはその不思議な出来事に顔を見合わせるばかりでした。しかも若者が差し出した三千紙銭は正に柩に置かれた紙銭と全く同じものではありませんか。 韋栗は突然頭の中で何かひらめくものを感じて、 「早く、柩を開けてくれ」と召使に命じました。 柩が開けられ中を覗くと果たして白骨の隣に若者から買い取った鏡が置かれてありました。 柩の周りを取り囲んだ人たちは、娘の、生前に叶えることのできなかった鏡への思いを知って深く心を動かされ嘆き合いました。と同時に、深い望みは生前に叶えられなくとも死後になっても叶うことがあることを知りました。 「お嬢さんを一目見て、その美しさに魅せられました。このような出来事もご縁かと思います。私にとってお金のことはどうでもよいことなのです」 若者は自分もまた娘への深い想いがあったことを白状すると、韋栗に娘を供養して欲しいと告げ、一万銭を残して立ち去って行きました。 注1:丞:補佐官、次官 注2:銅銭、唐の貨幣、1000銭=1貫(吊)、約1両白銀にあたる。 ******* 前に戻る TOPへ |
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