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  媛媛講故事―39

怪異シリーズ 8
                                   
不思議な夢・その二                   何媛媛

   
 朝廷に、曾て李成季という「起居舎人」(注1)の職を務めた役人がいました。これは彼が幼い頃の話です。ある時、彼は熱病になりましたが、数日間もの間、汗が出ませんでした。寝ても、起きても気持ちが苛立って堪えがたく寝付くことができないでいました。「この暑苦しいベッドから脱け出て、涼しいところに行ければどれほど良いだろう」と李成季がそう思っていると、なんと本当に体が軽くなってゆらりゆらりと浮き上がり帳から抜け出てしまいまた。    

 さらに「庭の外はもっと気持ちいいだろう」と李成季が思うと身体が玄関をするりと抜けて町の中にさまよい出て行きました。

 町の中をあちらこちら気ままにぶらぶらさまよっているうちに、ふと気が付くと広い野原にやって来ていました。李成季は更に爽快な気分になってその野原を足取り軽く歩いていますと、まもなく町を囲む城郭が目の前に現れました。城郭の中に入ってみますと、道路や、市場や、家並みなど見慣れた町とさして変わらない風景が続いています。ゆっくり街並みを見物していたところ、不思議なことに、以前の知り合いで、既に死んでいるはずの、絹物を販売するお婆さんに出会いました。
 このお婆さんは李成季を見掛けると、吃驚した様子で

「あら、あなた、なんでここにいるの?ここは冥府ですよ」

 と言いました。

 李成季は、お婆さんの言葉にびっくりしどうしたら良いのか分らず、お婆さんに助けを求めました。

 お婆さんは

 「私もどうすることもできません。けれど、幸い私は絹を商っているので日頃、右判官(注2)の家に出入りしています。試しに訪ねて訊いてみましょうよ」

 と言い、李成季を連れて右判官の家に向かいました。

 右判官の家の玄関に着くと、お婆さんは

 「門の外で、一歩も動かないで待っててください。動くと本当に死んでしまいますよ」

 と何度も念を押し、家の中へ入って行きました。

 李成季は不安を感じながらもじっと待っていますとお婆さんが嬉しそうな顔をして中から出て来ました。

 「話をうまく進めることができそうよ。ただ左判官様と相談しなければなりません」
 お婆さんは言いました。
 そして暫く待つうちに、馬のいななく声が聞こえ、緑の官服を着た若い男が馬を連れて出て来ました。

 「この方が右判官ですよ」とお婆さんは囁くと、李成季を連れて男の後について行きました。間もなく一軒の屋敷に着き、赤の官服を着た男が玄関で出迎えました。この男が左判官のようでした。

 緑の服の右判官は

 「陽界にいる人の魂が誤ってここに迷い込んでしまいました。誰かに送り返させましょう」

 と言いました。

 赤服の左判官は

 「冥界のものが間違って捉えて連れてきたわけでもないのに、この人間はどうしてここに来てしまったのか。まあ、その議論はしても仕方のないことだが、もうここに来てしまっているのだから、わざわざ送り返す必要はないだろう」

 と答えました。李成季は左判官の言葉を聞いて、ますます怖さが募ってきました。

 右判官は重ねて言いました。

 「ひょっとしたらこのものは将来偉い役人になるかもしれない。念のため、まずは帳簿を調べてみようではないか」

 「そんな面倒なことはしなくともよいではないか」

 左判官はなかなか同意しませんでしたが、右判官が何度も提案しましたので、左判官は、しぶしぶながら下役に帳簿を持って来させ、李成季のページを開いて読み始めました。

「李—成—季,官位は起居舎人まで昇進する」

 右判官は手を打って歓び

 「どうだ、このものは、将来偉い役人になることがすでに約束されているではないか。われわれがその運命を損なうことをしたら大変なことになってしまうだろう」

 左判官はばつが悪そうに、右判官と共に冥界を抜ける通行符を作って捺印し、一匹の小鬼を呼ぶとその符を渡し、「このものを陽界まで案内してあげよ」と命じましたので、李成季はやっと安心し気持ちを落ち着かせることができました。お婆さんに重ね重ねのお礼を言うと小鬼について行きました。

 陽界に戻る途中で、関所の小鬼に訊ねられたりしましたが、通行の符を見せ、無事に通過することができました。

 道案内をしてくれた小鬼は頭に疥癬やできものがいっぱいあって、流れ出てくる膿や血液が臭くて耐えがたいようでした。しかし小鬼は痛みを感じないのでしょうか、大声で歌を歌って歩いているのでしたが、数十歩ほど歩くと「足が痛いよ」と訴えて、座り込んだりするのでした。李成季は早く帰りたいと焦り、その度に何回も小鬼に哀願し、どうにか前へ進んで行きました。どのぐらい時間を掛けたのか分りませんが、広い野原に来ました。

 「おれはここまでしか送ることができない。後は通行符を自分で持って行きなさい」

 と小鬼は言うと通行符を地面に捨ててしまいました。

 李成季は腰を屈めそれを拾おうと思った瞬間、足が何かに躓いて転んでしまいました。

 と、彼ははっとして目が覚めました。実は彼は何日間も昏睡していたのだそうです。

 李成季はその後、家の祭壇にお婆さんの位牌を立て一年中真剣に祈るようになりました。そして、成人した後、李成季は果たして朝廷の起居舎人の職に就き、在職中に亡くなったということです。

注1:「起居舎人」、官名。皇帝の一日の行動、言葉、及   び国の重大なことを記録して遺す役目を果す。

注2:審判官。二人で左と右に立って共に裁判を行う   ので、左判官、右判官と呼ぶ。


                               
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