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  媛媛講故事―35

                           
怪異シリーズ 4
                                   
                         
浮梁張県令            何媛媛

  浮梁県(江西省景徳鎭)の県令(注1)は張という姓でしたので張県令と称しました。張県令は在任中、仕事の傍ら、私腹を肥やし、江淮(長江と淮河流域の間)で手広く商売をして莫大な財産を築き上げました。

 張県令の任期が満ち、都へ帰る途中、いつものように、部下たちを次の宿泊予定地まで先に行かせて、食事の支度をさせました。料理は勿論一般の食べ物ではなく、山海の珍味がいろいろ準備されました。翌日、張県令が華陰県(陝西省)に着くと、下人達はすぐさまテントを張り、酒樽を並べ、料理人が熱々に炙った羊を食卓に置くと、主人を呼んで食事を始めようとしました。

 まさにその時、黄色い服を着た男がつかつかと入って来て食卓の前にどっかりと座わりました。下人は「ここはあなたが座ってよいところだと思うか」と叱りつけましたが、その男は、まるで自分の家に戻ってきたかのようで顔色ひとつ変えませんでした。旅館の女主人は「近頃、朝廷に仕える五坊(注2)の若者が、関内(注3)に横行しています。この男はその連中の仲間かもしれません。相手にしない方が良いと思います」と注意してくれました。

 そこで、下人は主人になんとかしてもらおうと報告しました。しかし、張県令は「叱らないで、わしが事情を訊いてみよう」と言うと、黄色い服の男の前に来て「どこから来たのか?」と声を掛けました。しかし、男は張県令が何を訊ねても、「はい」とだけ答え、他のことは何も言いませんでした。張県令は下人に燗をしたお酒を持って来るように命じました。

 お酒が来ると、張県令は大きな杯にお酒をなみなみと注いで男に勧めました。男は美味しそうにお酒を飲み干すと、今度は羊の肉の方をじっと見つめて目を離しません。そんな男の様子を見た張県令は「羊もよかったら食べても構わないよ」と言いながら、自ら肉を切って勧めました。男の顔にはかすかにためらう表情が見えましたがやはり礼も言わずに黙々とその羊の肉を食べ尽くしました。羊の肉を全て食べ尽くしても、まだまだお腹がいっぱいになった様子が見えません。張県令は心の内で呆れながらも、さらにお菓子箱から十四、五個の肉まんに似たようなものを取り出して食べさせました。結局、男は、二斗(注4)の酒を飲み、食べるだけ食べて満腹するとやっと口を開きました。

 「こんなに満足できるほど飲んだり食べたりしたのは、四十年前、東の旅館で酔うまで飲んで腹いっぱい食べて以来なのです」

 張県令は不思議に思って訊ねてみました。   

 「それはそれは。満足して頂けて嬉しいです。で、お名前は?」

 「私は人ではありません。関内の死んだ人の名簿を届ける冥界の役人です」

 張県令は大変驚き、もっと詳しく知りたいと思い更に訊ねてみますと、男は次のように言いました。

 「東岳泰山(山東省)の神は、死んだ人間の身体から離れて浮遊している魂を自分のところへ呼んで掌ることになっているのです。冥界には、五岳(注4)それぞれが管轄する地域で間もなく亡くなる人の名前を記帳した名簿を五岳に配る役人がいます。私はこそのような役目をしている冥界の役人なのです」

 張県令が

 「そうだったか。では、その名簿を私がちょっと見ることはできるのかな」

 と訊ねますと、男は

 「はい、構わないです」

 と答えて、袋の紐を解き、中から巻物一巻を取り出しました。

 張県令がそれを広げてみると、一行目には「東岳泰山君が西岳華山君に告げる文」とあり、二行目には「浮梁県令:罪は、財を貪り、人を殺す。利益をほしいままにし、受けた恩義を忘れる」と目にも鮮やかに書き記されてありました。

 張県令は一目でそれが自分のことを言っているのだと分かり、満身から冷や汗が吹き出し、体も強張り、どもりどもり言いました。

 「人間は修業の程度によってそれなりの寿命が決まってくるという事を知っています。私は決して死ぬことを惜しむ訳ではありません。ただ、自分はまだ四十代になったばかりで、死ぬことなど考えたこともありません。手広く商売をしているのですから後事をいろいろ人に託さなければなりません。死ぬ時期を延ばす方法は何かないのですか? 私の懐に何十万元のお金があり、それをあなたに全部差し上げても良いのだが、どうだろうか?」

 冥界の役人は

 「一食の恩義を返さなければなりませんが、どんなにお金を頂いてもお金は私には何の役にも立ちません。しかし、可能性のあるただ一つの方法は、元々は仙界にいた仙人の劉綱は天の戒律に違反して、西岳華山の蓮華峰に落とされました。あなたは自分が死にたくないという理由を訴える文章を用意して、急いで劉綱を訪ね、真剣に頼んでみてください。それ以外、他の方法はないと思います」

 「丁度、昨日聞いたばかりなのですが、西岳華山の王が南岳衡山の王と賭博をして負けてしまい相当なお金を失って、困っているところだそうです。あなたが用意できる限りの物品を持って華山王の岳廟に参拝し、自分の望みを知らせ、望みが叶えば更に巨額の金品を捧げることを誓って拝んで見てください。華山王があなたの申し出を喜んだら、きっと劉綱にあなたの願いを聞き届けるよう自分の意思を伝えるでしょう。たとえ華山王の力がそこまで及ばないとしても、少なくとも蓮華峰に行く道を教えてくれると思います。蓮華峰に行く道は茨が深く茂り、河や谷に行く手を阻まれる事もありますし、華山王の助けが無ければ辿り着くのはとても難しいと思われます」

 と詳しく教えてくれました。

 そこで張県令は牛や豚など供え物をもって急いで華山王の岳廟に行きました。岳廟に着き、華山王の像の前で自分の望みを訴え、それが叶えたら必ず千万のお金を納めようと約束しました。念願を掛け終わり、張県令は岳廟を後にし、すぐ蓮華峰を目指しました。

 その道中は果たして順調で何事も起りませんでしたが、道はいつしか奇妙な細い道に変わり、その道を数十里(注6)も進むうちにどうにか峰の麓に着きました。そこから更に南東へと曲がって進んでゆきますと、一軒の茅葺きの家が現れ、中に一人の道士が机に肘を付いて坐っていました。

 「骨はぼろぼろ、肉は腐り、魂も消えかかり、精神も消耗しきってしまったものが、どうしてここにやって来たのか」 と道士は張県令の方を振り向くと言いました。

 張県令は

 「喪鐘(死ぬことを知らせる鐘)が鳴り、(人生の)時を刻む漏刻(水時計)が止まり、(生命という)儚い露が乾くと言われるのは、まさに私の命が尽きかけているとおっしゃっているようですが、私はあなた様が、ぼろぼろになった骨や、腐った身体を元気な頃に甦らせる力をお持ちと伺っています。お願いです。私を黄泉の国の定めから解放する奏文を書いて頂けませんでしょうか? どうぞその力を発揮して頂けませんか?」

と言いました。 道士は、

 「私はかつて隋の朝廷に仕える権力者に頼まれて天帝に上奏し、罪を得てここへ追放された。あなたから何の恩も受けたことがない私に向かってどうしてこのよう願い事をいうのか。天帝(注7)に再び上奏文を書かせて、この私をこの寂しい山の奥深く世捨て人としていつまでも住まわせる気なのか!」

 と怒りながら言いました。

 張県令はなんとかしてもらおうと焦って更に哀願を続けましたが、道士は却って益々怒ってしまいました。と、この時、崋山王からの手紙を携えた使者がやって来て道士にその手紙を渡しました。道士は手紙を読むと、声を立てて笑いました。

 「崋山王の頼みごととあれば応じないわけにはゆくまい。あなたが望んだものが届いたぞ」

 そして使者に向かって、「承知したと王に伝えなさい」と言うと使者を帰らせました。

 「今度も又、天帝の罰を買うことになるのだろうか」と道士は独り言を言いながら、玉石で飾られた箱を開き、筆、墨、紙を出し、上奏文を書き始めました。間もなく書き終わると線香を焚き、膝をついて天に拝礼し、上奏文を呈上する礼儀作法をしました。

 暫く待つと、一巻きの書簡が天から舞い下りてきました。その上に「徹」と言う字が書かれ、道士は再び線香を立て拝礼してから、書簡を開きました。書簡には次のような内容が書かれていました。

 「張某、祖先から伝えられた徳義に背く行いをしているばかりか、礼儀作法をも無視している。先祖の名声や地位を利用し、不当な手段で官位や、名誉を獲得したが、地位に相応しい仕事をせず、悪質な方法で、莫大な財産をなしたが、公にせず隠ぺいしている。従って、張某は品格に欠け、県令の職にある人間として相応しくない。今調べを進めたが、張某の罪は確実であり、地獄に落ちるべき人間と判断するがどうしてその者の延命を願う奏文を上奏するのか? しかし、道教の教理に基づき、罪を犯し悪の淵に落ちたものを救い上げ、時に寛大な処遇により過失を許すこともありうる。従って、張某の願いを聞き届けることにより、彼に前非を悔悟させ、面目を一新させ、ついては道教の教えを更に広げることができよう。その生を貪るものに更に五年間の寿命を与えよう。しかし、上奏者の過ちは許すことはない」

 以上を読み終わると、道士は張県令に次のように告げました。

 「世にある人間の寿命はもともと百歳に至るはずだが、喜怒哀楽により心が損ねられる。好きとか嫌いとか、或いは欲により身体の活力を低下させてしまう。また、他人の長所は人に知られぬように計らい、自分の才能をこれ見よがしに自慢することにより知らず知らずに心が乱され、精神が疲れ、身体が本来持っている気を保持することができない。まさに清らかな泉に五味(注8)を加えてしまった如く、既に変わってしまった水の味は元通りにはできないのだ。さあ、私の話を耳にしっかり刻み込んで早く家にお戻りなさい」

 張県令はそこで道士に別れを告げ、数歩を行ったところで振り返ってみますと、道士も、茅葺きの家もすでに消えてしまっていました。帰り道は往路に比べ平坦で歩き易く、およそ十里ほど戻ったところに、先日の黄色い服を着た黄泉の国の役人が迎えに来ていました。役人は何もかも知っている様子で張県令に、「よかった!お目出度う!」のような挨拶をしました。張県令も

 「ちょうど私もあなたに恩返しをしようと思っているところですが、お名前を教えて頂けませんか」
 と訊ねました。

 「私は鐘と申し、生きている時は宣城(四川省)県の郵便配達でした。華陰県で死んで、冥界で採用され、この仕事に就いたのです。しかし、生活の辛さは生きていた頃と変わりません」

 と黄泉の国の役人は答えました。

 張県令は続けて訊きました。

 「どうすればあなたの苦労を免じることができるのか?」

 「お約束のように金品で華山王に納めてくださればきっと出来ると思います。もし私が神殿門番の仕事をやらせて貰えるようお願いして貰えれば、神殿のおこぼれで食べていけるようになり、この上なく有難く嬉しいことです。それでは、今日は天界の文書を配達する時間がすでに半日間も遅れてしまっているのでこれで失礼します」


 黄泉の国の役人はそう言いなり、すぐ林の中へ姿が消えてしまいました。

 この日の夕方、張県令は華陰県で足を止めそこで一泊し、翌日都へ向かうことにしました。夜になって、下人とこの間の費用を計算すると、華山王に納めた金品は、二万元ほどに達していることが分かり、張県令の気持ちは変わりました。
 「こんなにお金を掛けてしまったのか。二万元というお金はわしの十日間の旅にかける費用になるぞ。天帝の恩恵を受けたいと思ったが、泥人形を拝むために大金を使い、なんと馬鹿なことをしたのだろう」

 翌日、東へ行って、偃師(河南省)県の旅館に泊まりました。そこへ突然、例の黄泉の国の役人が勢いよく門を押し開いて家に入って来ました。役人は文書を手に持って、張県令を怒鳴りつけました。

 「どうして嘘を付いたり、でたらめなことを言ったりするのか?華山王に願を掛けて、約束を守らないのはどういうことなのか?すぐにもあなた様は災いに見舞われるぞ。その所為で、あなた様への一食の恩義を返すこともできなくなってしまった。私の今の気持ちは悔しくも残念でならない。蝎に刺されたようにきりきりと痛んでいる」

 そしてそう言い残すとどこかへ行ってしまいました。

 黄泉の国の役人の姿が消えると間もなく、張県令は気分が悪くなりました。張県令は役人の言った言葉の意味を悟り、すぐ妻や息子、娘達に遺書を書き始めましたが、書き終わらない内に意識が薄れ間もなく死んでしまいました。(終)

注1:県の長官  
注2:唐代に皇帝に鷹や、犬などのペットとする動物を狩猟、飼うところを五坊と言う。
注3:昔、陝西省の東に「潼関」、西に「嘉峪関」があり、二つの関所の間を『関内」と言った。
注4:容量の単位、一斗(唐代)≒6リットル
注5:中国の五大名山は五岳と言い、東岳泰山、南岳衡山、 北岳恒山、西岳華山、中岳嵩山
注6:一里(唐代)≒約560m
注7:道教の神話や伝説の中に一番権威を持つ神で、あらゆる神のリーダーと思われる。
注8:酸、甘、苦、辛、塩辛い


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