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  媛媛講故事―47

怪異シリーズ 16    土中に隠したお金Ⅱ
                                 何媛媛


   
 さて、周秀才(註)の一家はその後、どうしているのしょうか?

 周秀才は一家を連れて上京し、科挙には合格しましたが、役人になるチャンスは訪れて来ませんでした。用意して来たお金も殆ど使い果たし、結局、古里へ帰えらざるを得なくなりました。

 そして、再び長い道のりを旅して古里に戻りました。ところが家に帰りついてみると、家の留守を頼んだ番人は行方が分らなく、しかも裏庭の、肝心な、土塀も崩れてしまっているではありませんか。それよりも心の痛むことは、銀の塊を一杯入れて土塀の下に埋めておいた壷は空っぽでした。

 やむを得ずそのまま一家はそこで半年ぐらい暮らし続けました。が、生活はどんどん厳しくなる一方で遂に家を売り払い、そのお金を持って、洛陽の親戚の家へ身を寄せることにしました。ところが洛陽に行ってみると、親戚は既にどこかへ引っ越してしまっていました。どうしたら良いのでしょうか?いろいろ思案しても良い考えも思い浮かばす、とりあえずは洛陽にしばらく滞在しました。しかし、頼りとする親戚も友人もおらず、お金も底をついてきました。

 周秀才は、「洛陽で暮し続けるよりはやはり、古里で暮らした方が心強いかもしれない」と思い、一家を連れて再び古里へ向かいました。

 時は、真冬でした。陽も傾き雪がしきりに降っています。周秀才の一家は雪の中を歩き続けもう一息で古里に辿り着くところまで来ましたが、妻と息子は寒さと飢えと疲労で、もう一歩も足を前に出せない状態になりました。  

 周秀才の妻が「息子のためにも、どうかどこかで一晩休んでくれませんか?」

  と頼みました。

 「もう宿泊のお金が…」

 周秀才は言葉を濁して呟くように言いましたが、妻と息子の様子を見ると哀れになり付近の小さな宿に入りました。

 「お邪魔します。私たち家族三人で旅をしているのですが寒さと疲れで一歩も歩けない状態です。どうか、一晩泊めて頂けませんでしょうか?」

 「ええ、いいですとも。どうぞお泊り下さい」

 「しかし、私達は宿泊代も食事代もお支払するお金が一銭も無いのです」

 宿の主人は、雪がしきりに降るこのような寒い夜に女も子供も薄い衣服を纏っただけの姿を暫く見つめているうちに憐憫の情を催してきました。

 「ああ、子供が可哀想だ。よし、泊めてあげよう」

 宿の主人は快く応じて、簡単な食べ物まで出してくれました。三人が美味しそうに食べている様子を見て、主人は言いました。

 「お酒でも少し飲みましょうか?」

 「いや、もう結構です。お恥ずかしい事ですが、お金はもうすっかりなくなり、明日をどうしてよいかということも分からないのです」

 周秀才は顔を曇らせました。

 「そうだな。子供が一番可哀相だなあ。」

 「本当に言われる通りです。大人はなんとかできますが、息子が心配でたまりません」

 ここでみんな黙りました。が、暫くして主人は再び口を開きました。

 「可愛い息子さんを見て一つ思いついたことがありますが、言ってよいかどうか迷っています」

 「なんでしょうか?息子の為を思って下さるならどうぞなんでも言ってみて下さいますか」

 「今のご様子ではご自分の力で息子さんを育てるのは無理のように思われます。あなた達の手元で育てるよりどこか家柄の良い家で育てて貰うのはどうですか」

 周秀才は吃驚しました。

 「それは、息子を他人の養子にするということでしょうか」

 「いや、済まないことを言ってしまいました。息子さんの様子があまりに可哀想に思われて、思わず言ってしまいました」

 ここで、再び言葉が途切れし~んとなりました。

 しばらくして周秀才が言いました。

 「そのように言われるとそれも良い考えのように思われますが、子どもを貰ってくれるような家柄の良い家がありそうにも思えませんが」

 実はこの宿の主人は賈仁の知り合いで、賈仁が子どもを欲しがっており子供の情報があれば教えて欲しいと日頃から頼まれていたのです。

 「この近くに、知り合いの金持ちの家があります。しかしどういう訳か夫婦の間に子供が生まれないのです。家業の為にも、どうしても子供がほしいと日頃から言われて、何かいい情報があったら教えて欲しいと頼まれているのです。今あなた達のご様子を拝見してお薦めしてもよいかと思ったのです。よく考えられて、その気になられましたら明日お連れしましょう」

 宿の主人が言うのを聞いて、周秀才の妻が泣き出しました。周秀才は長い間黙り込んでいました。しばらくして決断したように説得し始めました。

 「私たちはもう息子を養う力がないのだ。このままだと乞食になるしかないだろう。乞食になるよりはこの子を引き取ってきちんと育ててくれる豊かな家があったら、息子にとっても幸せなことだと思う。息子の為にもよく考えてみてください」

 周秀才の妻は啜り泣きながら頷きました。 

 翌日、宿の主人は周秀才一家を連れて賈仁の家に行き、先ず自分だけで賈仁の前に行き伝えました。

 「良い子が見つかりました。今親と一緒に外にいます。」

 「おお、そうか。それは嬉しい。で、子供は何歳になるのだ?どういう家の子供なのだ?」

 「七歳になる男の子です。科挙に合格した者の息子ですが、落ちぶれて困窮しているのです」

 「そうか。それでは急いで連れてきてみてください」

 賈仁は嬉しそうに言いました。

 周秀才の一家が入って来ました。賈仁は子供の前に来ると、まるで物を購入するかのような目つきで、子供の顔をしげしげと見たり、頭を撫でてみたり、手を触ったりしながら子供に訊ねました。

 「名前は?」

 「長寿というの」

 「何歳になるのだね?」

 「七歳になった」

 子供は整った顔立ちで目もぱっちりした、いかにも聡明そうな男の子でしたので賈仁はすぐすっかり気に入りました。

 賈仁は、「ではちょっと話が有る」と宿の主人を別の部屋に連れて行きました。

 もともと賈仁は子供が欲しくて、子供を手に入れるためにはいくらお金を払っても良いと思っていたのですが、実際お金を出す直前になってみると気が変わりました。

 「わしのような家へ来れることになって周秀才の息子は本当に運の良い子供といえよう。では、長寿は引き取るので、長寿を残して親は帰らせなさい」宿の主人は、

 「子供を引き取って貰えたら周秀才一家は喜ぶでしょうが、お金のことはどうします?」

 「何?金?これからはわしが長寿を育てるのだ。本来なら周秀才が金を出すべきだ。しかし、周秀才にそこまで要求するのはできそうもないし、今の状況も可哀想に思えるから、わしはもう金なんかいらんことにする」

 宿の主人は吃驚して

 「え?なんですって!それでは話が違うではありませんか!もともとあなた様がお金を出して子供を求めようと言ったのではなかったのですか?」   

 「貧乏で生活ができなくなった周秀才一家の状態を見かねて俺が救いの手を差し伸べようというのだ。どうしてわしが金を出さなければならないのだ」

 「いや、生活するにはお金は必要です。周秀才夫婦はこの子を七年間育てて来たのですからその間に色々苦労したでしょう。特に今は厳しい生活状態にあるのですから、ただで子供を連れて行くなど話にもなりません。仲人の立場の私としても……」

 実の所、賈仁のケチは町でも知られたことでしたが、ここに至って彼の人情のないケチさ加減がすっかり暴かれたのでした。

 店の主人は話を持ち込んだ責任から色々説得し、賈仁は僅かばかりのお金を出すことを承諾しました。一方周秀才夫婦の方はもともと息子を売るつもりではなく、息子が幸せになるならこれが一番安心に違いないと心を決めていました。そして目前の生活さえ乗り越えることができるなら、お金についてはなにも言いたくないと言って涙を流しながら契約書にサインして息子を残して自分の古里へ帰って行きました。

 賈仁は周秀才夫婦が立ち去った後で長寿に言いました。

 「これからはここがあなた家だ。誰かに苗字を訊かれたら「賈」だと答えなさい」

 「違うよ。僕は「周」だよ」

 「わしが美味しい食べ物を食べさせ、きれいな服を着させ、面白い玩具を買ってあげるのだ。これからは「賈」だというのだよ」

 「それでもいやだ。僕の苗字は「周」だ。」

 と長寿が答えました。

 長寿は七歳の子供です。自分が置かれた状況を知っているように見えても本当のところはよく分かっていないのでしょう。どうしても自分は「周」だと言い張り、賈仁は子供が来たばかりなので、暫くは「周」を容認することにしました。そして家中の者に子供の身元を絶対言わないこと、元の親との連絡も絶対してはいけないと命令しました。        (つづく)

【註】
秀才:「秀才」は名前ではなく、中国で、古代科挙課目の名称で、それに合格した人。また、そのような人に対する雅称。
                                                                    


                         
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