'



  媛媛講故事―49

怪異シリーズ 18    土中に隠したお金Ⅳ
                                 何媛媛


   
 旅の疲れで体調を崩した妻を無料で診察して貰い、薬もただで貰うことができた周秀才は、「良い医者に巡り合えて、本当によかった。有り難うございました」と感謝の言葉を繰り返し述べました。

 医者は

 「いや、この薬局の主人の指示で、貧しい人には診療費、薬費などは不要にしているのです」

 と答えました。

 周秀才と妻の二人が感謝を繰り返しているところへ、奥の部屋から男が出て来ました。医者は

 「こちらがこの薬局の主人です」

 「あ、どうも大変お世話になりました。感謝の気持ちで一杯です」

 周秀才夫婦は、慌てて頭を下げてお礼の言葉を述べました。

 薬局の主人は玄関の看板を指して

 「いいんですよ。元気になれて何よりです。これからはこの看板の名前を覚えて何時でも必要があれば来てくれれば良いのです」

 夫婦二人がもう一度玄関の上に掲げている看板を見ると、「陳記薬局」と書かれています。周秀才は再び主人の顔をじっと見つめますと、なんとなくどこかで会ったような気がしてきました。

 「お顔をどこかでお見掛けしたような気がしますが、十何年前にこの町に住んでいた陳徳甫という方ご存知でいらっしゃいますか?」

 「ええ、私がその陳徳甫というものですが」

 「それはそれは!私は周秀才です!覚えていらっしゃいますか?」

 今度は主人が驚いて、夫婦をじぃっと暫く見つめていました。

 「え! 周秀才ですって? えー、あ、そうです、そうです。思い出しました。私が預かったあの長寿のご両親じゃないですか?」

 「そうです!そうですよ!!」

 周秀才夫婦は、嬉しさのあまり泣き出しそうになりながらただただ頷きました。主人は夫婦を茶の間に連れて行きお茶を出し、気を落ち着かせてから訊きました。

 「どこからいらっしゃったのですか?どこにいっていましたか?」

 「話はとても長くて一度には話せませんが、まずは長寿の話をお聞きしたいのですが」

 「長寿はね、もう立派に一人前の男になりましたよ。養母も養父も亡くなり、家業を継ぎましたが、養父と違って、お金をそんなに重要なものに思わないようで、いつも気前よく大金をあちこちに撒き散らして、人を助けているのですよ。実はこの無料の薬も、長寿の支援によって行ってきたのです…」 

 陳徳甫がいろいろ長寿の話を続けるのを、周秀才は遮って

 「それでは、長寿に会えるでしょうか?実は歳を取るにつれて息子のことが懐かしくてたまりません。それで一目でも良いですから息子に会いたいと思って帰って来たのです」

 と周秀才は切々と自分の気持ちを話しました。

 「それはお易いことです。では今すぐ呼んで来ましょう。暫く待ってください」

 と言うと、陳徳甫は部屋を出て行きました。

 十何年間ずっと息子のことを心に掛けて、突然、長年の願いがもうすぐ実現するというので、夫婦はまるで夢の中にいるように感じ、わくわくと心落ち着かず待っていました。

 陳徳甫は馬車を使い、大急ぎで長寿の家を訪ねました。顔を合わせるや、すぐ長寿の身の上話をしました。

 賈仁の家に貰われたとき、長寿は既に七歳になって物心もついていたのですが、衣食の悩みがない日々を送っているうちに、何も考える必要のない生活に慣れて、自分の生い立ちなど深く考えないで過ごして来ました。時には、長寿の出生についての噂を聞いたこともありましたが、全く気にすることもありませんでした。今、陳徳甫が話すのを聞いて、長寿は先ずは吃驚しましたが、少しずつ幼い頃の記憶が甦ってきました。そしてすぐさま陳徳甫について薬局に向かいました。
 薬局に入り、周秀才夫婦と長寿が対面すると、お互いに驚き慌てました。四、五日前に「東岳廟」で出会っており、しかも祭を見る場所のことで言い争った事も思い出しました。

 「あら、あなたが長寿?」

 「え、なんと、これは父上と母上ですか?」

 両方ともこれ以上何を言ったら良いのか、分らないまま、ただただ互いを見つめ合いました。

 陳徳甫はそのやや気まずい雰囲気の中に割り込んで言いました。

 「あらら、これはこれは。皆さんはどんなにかお喜びでしょう。では、親子でゆっくりお話ししてくださいよ」

 そこで、親子三人は坐り直して、ゆっくりといろいろ話し始めました。泣いたり、笑ったり話は尽きません。語られる話はまるで芝居の中の出来事のようでした。

 話はいくら話しても尽きません。長寿は両親にこれからは一緒に住もうと勧めました。周夫婦は、突然のことで、心の準備がなく、どうしたら良いのか分りません。

 すぐに返事をしない両親を見て、長寿は両親が「東岳廟」のことで、まだ怒っているだろうと思いました。

 「父上様、母上様、「東岳廟」のことは、私が悪かったです。私の家に是非来てください。今日が突然すぎてご無理でしたら、明日でも、あさってでも良いですから、私の家に来てください」

 と言いながら、銀の塊を入れた箱を周秀才夫婦の前に押し出して、頭を下げて願いました。

 「少額ですが私の気持ちを表したいのです。どうぞお収め頂けますようお願いします」

 夫婦は要らないと辞退を繰り返してしていると、箱の中の銀の塊が転がり出ました。そして銀貨にはなんと「周奉記」という文字が刻ざまれていることに気付きました。

 「え!“周奉”だって? ならそれは私のお金じゃないか!」

 薬局の主人は吃驚して訊ねました。

 「なんでそう言う話をされるのですか?」

 「私の祖父が「周奉」というのです」

 「でも、賈仁の家のお金には間違いがないだろう?名前の同じ人がいるから、どこからか入ってきたお金かもしれないですね」

 そこで、周秀才は昔お金を庭の土壁の下に埋めて上京し、帰って見ると土壁も金も全部を失ってしまったことを一部始終、細かく話しました。全てを聞いて、薬局の主人はなにもかもはっきり分かりました。

 「そうか、判ったぞ!間違いなくあなた様のお金ですよ。奇跡です!自分のものが最終的に自分の元に戻って来たのです。神様が見守っているのでしょうか」

 と考え深く言いました。そして、

 「賈仁は元々は貧乏な壁作り人でしたが、ある時から急に羽振りが良くなり、それから相ついで新しい商売を始め、二、三年間で地元でも有数の富豪になりました。町の人々も皆不思議に思っていたのですが、盗んだお金を使っていたとは誰も気付きませんでした。しかし、神様は善悪をご覧になっていらっしゃるのですね。神様の計らいで、賈仁は子供に恵まれなかったので、長寿を引き取って育て、結局そのお金はあなたの家に返って来ました。なんという奇妙な物語でしょう」

 この時、長寿も感慨深く言いました。

 「そうだ。養父の賈仁は日頃から、大変けちで、お金を惜しんであまり使わなかった。なんだ、私たちの為にお金を使わないようにしていたのではないか。父上,母上、賈仁が残したお金はご自分たちのお金ですから、これからは自由に使ってください」

 周秀才一家は長い離散を遂に終えて、家族寄り添い団らんできるようになり、幸せな生活を送るようになったということです。(終わり)    


【註】
銭舎:お金を施す人の意

                                                                    


                         
 *


                         TOP