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  媛媛講故事―43

怪異シリーズ 12    竇娥の冤罪 Ⅱ
                                 何媛媛


   
 息子の方の無頼漢は薬を貰って家に帰る道すがらどうすれば薬を蔡婆に飲ませることが出来るかいろいろな策を考えてみました。実は、蔡婆は薬屋に危うく殺されかけ、無頼漢親子には脅迫され、嫁には咎められて、夜は寝られず食事も美味しく食べられない状態が続いて体調がすっかり崩れてしまっていました。

 さて、無頼漢が薬屋から戻ってくると、家には竇娥と蔡婆だけがいました。彼は蔡婆の病床の前に来ると、親切ごかしに甘い言葉を掛けました。

 「これはいけないね。取り合えずものをしっかり食べなくちゃぁ。」

 竇娥も続けて言いました。

 「そう、そう、しっかり食べなきゃだめよ。何を食べたいの?竇娥が作ってあげから言ってみてね。」

 蔡婆は

 「それなら、羊肉が入ったスープを飲みたいの。作ってもらえるかしら?」

 竇娥は、最近、姑にいろいろなことが起って可哀想に思っていましたので、姑の言葉を聞くと快く応じました。竇娥は台所に入り、手早く調理すると間もなく香りのよい美味しいスープが出来上がりました。竇娥がそれを持って、賽婆に飲ませようとすると、無頼漢が横から手を出して、

 「ちょっと待ちな。味がどうか俺が先ず飲んでみるよ。あれ、こりゃあ駄目だ。味が薄すぎるじゃないか?早く醤油を持って来なよ!」

 といかにも本当らしく言いました。竇娥は仕方なく、姑のためだからと思って、台所に行きました。無頼漢はその隙に蔡婆に背を向け、素早く懐から薬屋を脅して調合させた薬を取り出して茶碗に入れてしまいました。そして台所から醤油を持ってきた竇娥が、茶碗にちょっとたらし、匙で姑に飲ませようとすると、無頼漢は

 「じゃあ、熱いうちに食べさせなよ。俺はちょっと便所に行って来るよ」

 と言って、席を外してしまいました。

 竇娥は茶碗を持ち、匙でスープを姑の口元に持って飲ませようとした時、蔡婆は突然咳込んで、スープを飲むどころではなくなりました。竇娥は茶碗をテーブルに置くと姑の胸を撫でてやったりしてました。この時、父親の方の無頼漢が帰ってきました。家に入るとスープの美味しそうな匂いに誘われて、

 「何を食べているのかい?おう、これは旨そうだ。丁度、腹が空いたところだ。俺が食べさせてもらおう」

 と言いながら、お碗を手にすると、羊肉のス−プをあっという間に全部飲んでしまいました。

 竇娥は大変怒って、「それは、義母のために作ったのよ、あんたが飲んでしまうなんて許せないわ!」と言う間もなく、突然、無頼漢の顔色が変わって行き、お腹を抱えて苦しそうにうなりながら倒れてしまいました。

 竇娥も蔡婆も吃驚して言葉もありませんでした。

 息子の方の無頼漢が丁度この時戻って来ました。胸の内で「ここの婆はもうスープを飲んだだろう。どれ、面白い芝居を見せて貰おう」等と考えながら、家に入って来てみると、なんと、蔡婆は依然とベットに坐っており、床には茶碗がこなごなに砕け散っているばかりか自分の父親が口から血を噴いて倒れているではありませんか。

 三人は呆然としたまま言葉を発することなくお互いを見つめ合っていました。が、無頼漢の息子が真っ先に我に返り、口を切りました。

 「竇娥!この悪女め!俺の親父を毒殺しやがったな?なんてことをしやがったんだ!? 裁判所に行って酷い目に遭わせてやろう!」

 竇娥は最初の内は突然のことに頭が真っ白になっていましたが、だんだん何が起こったのか、何をするべきか分かるようになって、 

 「私は毒薬など持ってもいなかったのですから、これはあなた何かを謀ったに違いないでしょう?私を台所に行かせてる間に、あなたが毒薬を茶碗に入れたに違いありません。義母を毒殺したいと願っていたのはあなたです!」

 と憤怒に顔を赤くして言いました。

 無頼漢の息子は、自分が意図した事とは異なる、思いもよらない結果になってしまった事で怒りが収まらず、

 「人を殺した犯人奴!役所に訴えて裁判に掛けて貰おう!お前など監獄に入れられてしまえ!」

 と大声で叫びながら、竇娥を捉まえて玄関を出ようとしました。

 蔡婆は、気力を振り絞って、急いで玄関を閉めて言いました。

 「静かしてちょうだい。お願い!お願いします!! どうしたらよいか良く相談しましょうよ」

 無頼漢は、

 「よし、竇娥が俺の嫁になってくれれば、親父を殺したことは誰にも明かさないことにしよう。それでどうだ?」

 竇娥は固く頭を横に振りながら姑に言いました。

 「お義母さん、それはいけません。私は人を毒殺していないのです!」

 無頼漢は

 「竇娥!馬鹿な女め!裁判に掛けられたら厳しい処罰が待っているぞ。拷問が怖くないのか?女のからだで耐えられるものか!」

 「あなたが毒薬を入れたに違いない。私はやっていない。だから怖くはないわ!私は裁判が公正に行われると信じていますよ。さあ、役所に行きましょう!」

 竇娥は自ら玄関を開けると外に出て役所に向かいました。無頼漢は仕方なく其の後について行きました。

 しかし、裁判を担当する長官は、いつも裁判を利用しては私腹を肥やすような人間でした。竇娥と無頼漢が喧嘩をしながら入って来たのを見ると、私腹を肥やせる良い機会が又到来したと思い嬉しくなりました。


 長官は当事者の二人にいい加減な質問を二つ三つすると、竇娥に体刑を加えて無理やり白状を強いました。竇娥はその残虐な体刑に耐えられず何回も気を失ってしまいましたが、罪を頑として認めませんでした。

 長官は「竇娥が認めないなら、蔡婆から訊こう!」と蔡婆を呼びました。しかし、蔡婆は無頼漢の死は、竇娥ではないと強く言い張り長官の思い通りの言葉を言わないので、「蔡婆も真実を話すまで拷問しろ!」と下役に命令しました。

 竇娥は長官が下役に命ずる言葉を聞いて考えました。
 「姑は歳をとっている。拷問には耐えられず死んでしまう。決してお義母さんを巻き添えにしてはいけない」

 そこで、姑を救うため、仕方なく自分が毒薬を使って殺したことにして罪を認めました。

 無頼漢と蔡婆はお金と引き換えに釈放されました。しかし、長官は竇娥が冤罪であることをよく分かっていました。心にやましいところがある長官は、竇娥を早く処刑してしまった方が良いと考えて、翌日死刑を執行することを決めました。
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