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  媛媛講故事―45

怪異シリーズ 14    竇娥の冤罪 Ⅳ
                                 何媛媛


   
  実は、15年前、端雲を蔡婆に預けて都に上り科挙の試験を受けた竇天章は優秀な成績で科挙の試験に合格しました。そして、朝廷に任用されて出世することができましたので、10年ほど前、故郷に残した自分の娘・端雲に会いたいとかつて住んでいたところへ帰ってみましたが、蔡婆の家族も端雲も既にそこにはいませんでした。知り合いの人から、「戦乱が起って蔡婆は端雲を連れてどこかへ逃げて行った」と聞き、悲しみながらずっと蔡婆と端雲のことに気に掛けて過ごして来ました。

 竇天章は朝廷に任命され山陽に来ると、直ちに大きな机の前に座り込んで、夜を日に継いで仕事に没頭し、山のように積みあがった裁判の資料を調べ始めました。

 先ずは、裁判に掛けられた事件の種類によって資料を分類にしようと整理を始めました。と、その時、表紙にに「竇娥毒殺案」と書かれた書類が竇天章の目を引きました。老人を毒殺したという罪は重罪です。而も犯人は自分の苗字と同じではありませんか。

 いささか皮肉のような感じを受けた竇天章はその事件について後でゆっくり調べようと思い、事件の調書を机の上の、手元からやや遠い位置に置き再び他の文書を手に取ろうとしました。

 すると、どこからか一陣の風が吹いて来て蝋燭の炎が風でゆらめき消えそうになりました。竇天章は慌てて、両手で蝋燭の炎を覆い、火の炎が落ち着くのを待って椅子に座り直しました。と、どうしたことでしょう。先程、机の奥に置いた「竇娥毒殺案」の文書が目の前に戻ってきているではありませんか?

 「あれ?私が思い違いをしたのか」と不思議に思いながら、その調書を手元に積み上げた書類の一番下に押し込んで、他の事件についての調書を読み始めました。

 ところが、また、どこからか一陣の風が吹いて来て、窓が開きました。竇天章は椅子から立ち上がると窓をしっかり閉めて机の前に戻りました。不思議なことに、「竇娥毒殺案」の調書が今度は「「目の前に積み上げられた調書の一番上にあるではありませんか!竇天章は、奇妙な感じを受けると共にはっと予感のようなものを感じ、「もしかしたら何かあるのかも?」とその調書を開いて読み始めました。

 「……犯人は竇娥、19歳……。ああ、娘の端雲も、今年は19歳になっているはずだなぁ。うむ、姑は蔡といい……、え?昔、娘を預けたおばあさんも蔡という苗字ではなかったか?」

 竇天章の胸がどきどきと強く鼓動し始めました。

 「原告は張といい、竇娥の夫。竇娥が舅を毒殺した…」

 竇天章は丁寧に最後まで読み続けて行きました。

 「殺人の動機はなんだ?毒薬をどこで手に入れたのか?なんでこんな大事なことが記録されていないのか?」
 「事件が起きてから処刑までの時間も短かすぎる。どうも不自然だ…」

 竇天章は調書を読むうちに色々な疑問が湧いてきました。そして静かに目を閉じて事件をいろいろ深く分析しているうちに、瞼が重くなりいつの間にかうとうとし始めました。

 すると、竇天章の前に端雲の成長した姿がうっすらと現れ、彼女は泣きながら、彼に向かって歩いて来ます。

 「お父さん、私は娘の端雲です。故郷で戦争が始まったので蔡婆さんに連れられてあちこち逃げた後、この山陽に来ました。私の名前も竇娥と変わりました。舅を毒殺したなどという事はまったくのでたらめです!お父さん、娘の冤罪をどうか雪いでください!お願いです!」

 娘が泣きながら訴えるのを聞き、竇天章も誘われて涙をぽろぽろ流しながら娘の手を取ろうとすると、娘はふわふわと浮き上がりどこかへ消えてしまいました。胸に強い痛みを感じて、竇天章は目が覚めました。

 「今のは夢か。けれど、娘が話したことをはっきり覚えている。娘はこの父に何かを伝えたいと思って現れたのかも…」

 竇天章は、はたと気がつきました。

 翌日を待たず、竇天章は、この事件について再調査を始めました。先ずは蔡婆を呼びました。そして蔡婆の顔を見るや、その昔、自分が科挙の試験を受けるために端雲を「童養嫁」(*)として嫁がせた家の姑だと分かりました。二人は再会を喜びながらも悲しみも又深く、二人の胸の内は複雑な気持ちでいっぱいでした。

蔡婆から色々詳しい話を訊き、町の人々からも様々な証言を得て、事件のいきさつがだんだん明らかになってきました。
 蔡婆は無頼漢の父親とは結婚しておらず、竇娥もその息子と結婚してはいないのです。ですから“「舅」を毒殺する”の案は成立しません。そして、無頼漢に脅されて毒薬を調合した賽も捕えられました。

 再審理は、毎日公の場で行われ、その間、囚人服をまとった竇娥をあちこちで見かけたという噂が町中に流れました。再審理の結果、事件の全ての事実が白日の下にさらされ、竇天章は公正な法律に基づいて竇娥の冤罪を明らかにしました。その結果、役所の長官は汚職罪で免職となり、無頼漢は自分の父を毒殺した張本人として死刑に処されました。また、毒薬を配合した賽は殺人に関与したとして板叩きの刑罰を受けた後、辺境での兵役に服しました。

 全てが終わると、蔡婆は「私を守ってくれた嫁よ!安心しておくれ。お父様がお前さまの冤罪を晴らしてくれましたよ」と言って胸が裂けんばかりに泣きました。竇天章の感慨も言葉では表せないほど深く、熱い涙が両目を潤しました。

 その後、「竇娥の冤罪」の物語は、巷で語られ伝えられるようになりました。(終わり)

【註】
「童養嫁」:中国に古くから伝わる習わしの一つ。将来息子の嫁にするため、女の子を子供の時から、金品と引き換えに引き取り、息子の面倒を見させたり、家事の手伝いをさせたりして、二人が成人してから挙式を行う。

                                                                    




                         
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