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  媛媛講故事―57

怪異シリーズ 26          南柯太守の夢Ⅱ

                                 何媛媛


【前号のお話】唐の貞元(紀元785~805)時代、淳于棼という人が酔い潰れ庭の大きな槐の木の下で眠っていると、槐安国の国王から迎えが来て、国王から国王の次女と結婚することになっていると告げられる。

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 翌朝はやばやと、淳が宿泊した東華館は人が出入りする賑やな物音が響いていました。その内多数の使用人達が慌ただしい様子で淳の休んでいた部屋に来ると淳を起こして鏡の前へ連れて行き、華麗な衣服を、一枚又一枚と淳に羽織らせ、礼帽を被らせ、素晴らしい玉を身に付け、そして、ピカピカ光る宝剣までも腰に付けると鏡に映る淳は自分自身でさえ見間違うほど威風堂々とした姿でした。

 準備がそろそろ完了する頃、侍従が呼びにきました。

 「お婿様の介添え人が参りました!」

 淳が頭を上げて声のする方を見ると、着飾った三人の男がこちに向かってやって来ました。淳の前に来ると、深々とお辞儀をしながら

 「今日はお婿様のお供を致します。なんなりとご用をお言い付けて下さいませ」

 淳が三人をよくよく見ると、なんと3人の中にかつていつも一緒にお酒を飲んでいた顔見知りの一人・田さんがいるではありませんか!

 「おぉ、田さんではないか?どうしてここにいるかい? なんで私などは知らないという顔をしているのか?」

 「いや、淳さんがいきなり偉くなってしまったもので、おれのことなどは忘れたかもかも知れないと思ってね・・・」

 「何をいうんだ。田さんの事を忘れたりはしないよ! ところでどうして槐安国にいるのか?」

 「やぁ、実は淳君がいなくなってから、私もあちこちを転々としていたのだが、幸い槐安国の右丞相のめがねにかなって、この国で小さな役を頂いてね。昔よく一緒に酒を飲んでいた周君を憶えていないか? 彼も槐安国にいるよ! 彼はこの国の巡査長官になって、今はとても権勢のある人物になっているんだ! 私はよく世話になっている」

 と田は興奮した様子でいろいろ教えてくれました。

 「おぉ、本当か? それはいいじゃないか。またいつか皆で一緒に酒を飲もう」

 昔の酒友を見つけることができた淳は嬉しくて、今日は結婚の日である事を忘れるほどでしたが、この時侍従がまた淳に告げました。

 「お婿様が宮殿にいらっしゃる時刻でございます!」

 そこで淳は三人の介添え人を従えて、宮殿へ向かいました。

 宮殿の周りは鮮やかな飾りもので飾り立てられ、高貴な人々と思われる客が既にびっしりと詰めかけていました。そして美しい女性達が様々な楽器を手にして、優雅な曲をゆったりと演奏しているのでした。

 新郎の両側には華麗な衣服で身を包んだ儀じょう隊が立ち、灯籠を捧げ持った少女達が新郎を誘導して人々の間を巡りました。淳は来客たちに会釈をしたり挨拶をしたりし、その間にいろいろ格式のある儀式が執り行われました。そして結婚儀式を無事済ませると、淳は幾度となく馬車を乗りかえてどこへともなく連れて行かれました。

 「お婿様のお住まいに着きました!」という声が聞こえ、見ると、「修儀宮」と書かれた扁額を掲げた立派な門の前で馬車が止り、門の中には大きな庭が広がっていました。

 淳は侍従の案内で、庭を一回り見て回りました。その庭には手の込んだ亭や、築山、池がしつらえてあり、樹木や草花なども整然と植えられて、見るからに居心地の良さそうに思えました。

 暫くするうちに客の騒ぎ声は段々遠ざかって行き、提灯の灯も一つずつ消えて、庭が静かになると、侍女が淳のもとにやって来、 「王女さまのところへご案内致します」と告げました。淳がわくわくする気持ちを抱えて侍女の後について行きますと、侍女は何か香しい香りの漂う部屋に入って行きました。

 「王女さまは長くお待ちになっていらっしゃいました。奥へどうぞお入りくださいませ」

 侍女の言葉に促されて淳が奥へ進んで行きますと、そこは寝室のような部屋で紅い絹を被った女性がベッドに座っていました。淳はゆっくり前へ行き、息を押しとどめてそっと紅い絹を揚げて見ると、なんと!まあ、まるで仙女のような美しい少女でした。淳はうっとりして、今、自分は仙界にいるのではないかと感じました。

 その日から、淳は国王の一族となり、服装から、食べ物、乗り物などすべて、槐安国の国王とほとんど変わりない生活で、国王からも非常に親切に遇され、幸せな貴族生活が始まりました。

 また国王はしばしば淳を連れては西の霊亀山という山へ狩猟に行きました。そのあたりは四方を姿の美しい山々、峰々に囲まれ、清らかな川が流れ、樹木が青々と茂り、まるで仙界かと思われるような美しいところです。様々な種類の動物も沢山いて、狩猟の獲物はいつも豊かでした。そんな日々を続けていたある日、淳は思い切って、長い間に不思議に思っていた事を王様に訊きました。

 「お目に掛かりました最初の日に、国王様は、私の父親がこの度の婚約を了承したとおっしゃいました。ということは、国王さまは私の父と会われたことがあるのかと存じます。しかし、私が知る父は、兵隊を統率して辺関で戦っていましたが18年前、戦いに負けて、敵に陥いられたと聞いています。その後今日までの18年間、全ての消息を絶ったままになっています。国王様が父をご存知でしたら、その後の父の様子を教えて頂くと共に、出来れば父に一度会いたいと思っております」

 「おぉ、そなたの父は今は北方の国境で国を守る重要な仕事をしているのじゃ。とても忙しい仕事なので会う事は、目下のところ少々難しいと思われるが、まずは手紙を送って見てはどうじゃの」

 淳は国王に言われた通り手紙を書き、父親への贈り物を準備して、国王の部下に頼んで北の辺境まで届けて貰いました。何日間後、果たして父親からの手紙が届きました。手紙には、生活や仕事についての話のほか家族達や息子の近況を聞かせて欲しいなどの気持ちが書かれてあり、以前のままの父親を感じるのでした。

 そして手紙の最後には

 「丁丑年に会えると思うが、それまで元気で頑張っていて欲しい」

 と書いてありました。

 淳は最後迄読むと、万感の思いが込み上げて溢れる涙がぽろぽろこぼれるままに父親の懐かしい筆跡をずっと見つめるのでした。                                                             (続く)
                                                                    


                         
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