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  媛媛講故事―52

怪異シリーズ 21          花好き翁Ⅱ
                                 何媛媛


   
  さて、村の近くに賑やかな町がありました。町には、張という金持ちが居ました。この家には張委と呼ぶ息子がいます。張委は20才前後だというのに勉強もせず、仕事にも身が入らず、父親の勢力に頼って毎日、あちこちで道楽をしては、いざこざを引き起こしたり、不良少年たちとつるんで悪戯をしたりして、悪さの限りを尽くしていました。

 そんな張委の仲間は、町で遊び尽くして飽きてしまい、町の郊外の長楽村にやって来ました。長楽村のすぐ隣に張家の別荘があります。張委と仲間たちは気分転換のために別荘で暫く泊まろうと思いました。

 ある日、張委一行は、お酒を飲んだ後、村中を見物しようと、別荘の下人に案内させて、あちこち歩き回りました。秋先(花好き翁の名前)の庭の前を通りかかった時、木の柵を通して、張委は庭のきれいな景色に見とれてしまいました。
 「なんてきれいな庭だろう」

 張委は感心して言いました。

 「そうですよ。これは秋先というおじいさんの有名な庭なんですよ」

 下人が説明しますと、

 「そうか。長楽村に花や、植物を大変上手に育てるおじいさんがいるって耳にしたことがあるが、まさかそのおじいさんの庭がここだとは思わなかった。じゃぁ、中に入って見物させてもらうとするか」

 張委は言いました。

 「いや、この庭の主の秋先はとても植物を大切にしていますので、庭には滅多に人を入らせないようですよ。だから誰でも柵越しで庭を覗き見るっきゃないんです」

 下人が言いました。

 「いや、他の人はだめかもしれないが、俺なら出来ないわけはないだろう? 早く門を叩いて開けて貰ってくれ!」

 と下人に命じました。

 折しも庭は牡丹が満開でした。秋先は水やりを終え、椅子に坐って、目を細めて牡丹を眺めながらお茶を飲んで一服しているところでした。と、その時、乱暴に門を叩く音が聞こえてきました。急いで門を開けてみますと、お酒の匂いを身体中からぷんぷんさせた若者が5、6人、門の前に立っています。

 「皆さん、何かご用ですか?」

 「早く入らせろ!花を見たいのだ」

 「ごめんなさい。毎日花を見たいという方たちがとても多いのです。そんな皆さんを全部、庭に入れたら植物が耐えられません。そんな訳で皆さんには柵越しに見てもらっているんですよ」

 秋先は丁寧に断りました。

 「何を言っているんだ? 俺が誰だか知らないのか? 町でよく知られた張坊ちゃんのことを聞いたことがあるかい? それが俺だよ!」

 張委は大きな声で怒鳴ると、秋先を横に押して無理矢理に仲間を連れて庭に入って行きました。秋先は仕方がありませんので、心配しながら其の後について行くしかありません。張委一行は庭をぶらぶらと歩きまわり、秋先が丹精して育てた色々な美しい植物がとても気に入りました。

 暫く歩いて、牡丹の前に来ました。白、赤、ビンク、緑、黒までもあり、いろいろな品種の牡丹が満開で、その香りが馥郁と辺りに漂っています。

 張委はその香りにうっとりとして、思わず手で牡丹を手前に引き寄せて、花に鼻を寄せました。

 秋先は慌てて

 「あら、いけません! 手で花を引き寄せるのは止めて下さい! 花から離れてご覧ください! お願いします」 
 と張委の袖を引きました。けれども、張委は

 「花もきれいだが、香りもいいんだ。花を近寄せて嗅がないと勿体ないだろう? ちょっと引き寄せて嗅いだからって花が駄目になるわけでもないし、なんでそんなに騒ぐんだ!」

 大きな声で秋先に荒々しく言いました。

 秋先は張委のような乱暴な人間に初めて出会ったので、どう対応すれば分らず言葉を失って、ただ体を震るわせていました。しかし、暫く我慢していれば間もなく立ち去るだろうと思いました。

 しかし、張委は、牡丹の花を次へ次へと乱暴に手前へ引いたり、香りを嗅いだりして、帰えろうとする気配は全然ありません。その上秋先を吃驚仰天させる言葉を張委が言い出しました。

 「そうだ。こんな美しい景色のところで花見をするには、酒がないと雰囲気に合わないだろう? おい、早く家に帰って、酒とつまみを持って来い!俺は酒を飲みながら花見したいのだ」

 と下人に命令したのです。

 秋先は吃驚しました。

 「この庭はこんなに狭くて、お酒を飲むようなところじゃないです。花のご観賞が終りましたら、もっと宴会に相応しいところでお酒は飲んで頂けないでしょうか?」

 秋先は恭しく言いました。

 「なにをいうんだ。今日、俺はこの庭がとても気に入ってここで宴会をしたいのだ。ここで宴席を張るのはお前さんが育てた花を評価してるってことが分からないのか」
 張委はそう言うと、秋先の家の軒下に座り込んでしまいました。下人は張委の命令を聞くと宴会の支度をしに行きました。
 暫くして下人が沢山の酒とつまみを持って来、張委とその仲間は地面にシートを敷いて輪を作って座り、笑ったりふざけたりして騒ぎ始めました。

 秋先はそれを黙って見るだけで何も言えなず、何も出来ない状態でいました。       (続く)
                                                                    


                         
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