媛媛講故事―55 怪異シリーズ 24 花好き翁Ⅴ 何媛媛 張委は、自分たちが荒らした庭が元通りになっているのを見て、呆気に取られてしまいました。しばらくして我に返るといろいろ考え始めました。 「どういうことだろう。この爺(じじい)は本当にすごい! もしかしたら、この庭には、本当に花の神様が宿っているかもしれない」 「いや、どうすればこの魅力溢れる庭を俺のものにできるのだろうか」 「花を叩き落され、踏み潰された植物をただ一晩で元通りにする力があるというのはきっとただものじゃない。何という魔力を持ってる爺さんだ」 「そうだ、そうだ、秋先は妖魔爺だ。妖魔爺に違いない! 」 張委は慌てた様子で下人や仲間たちを引き連れて、秋先の庭を後にしました。 皆は不思議に思って張委に訊きました。 「どうして帰るんですか? あの庭はもういらないんですか?」 実はその頃、朝廷に反抗する人々が妖怪を偽ったり、神がかりになったふりをしたりして、あちこちでいろいろ怪しい事件を起こしては朝廷への不満を晴らしたりしていました。朝廷はそれらの怪しい動きがひとまとまりになって大きな力になることを恐れ、事件が起こる都度、事件に関わった人物に懸賞を掛けて捕え、事態の収拾を図っていました。実は張委は、このような時代背景をもとにある考えを思いついたのです。庭を奪うなら今は絶好なチャンスかもしれません。 張委は下人や仲間たちに言いました。 「最近、幽霊や、妖怪を偽って朝廷を騒がす人が増えているというじゃないか。秋先もその一人かもしれないと思わないか? 秋先の庭で起こった不思議なできごとを役所に報告したら、秋先はすぐ捕まえられるに違いない。その上、賞金ももらえるだろう。おまけに秋先がいなくなったら、庭は俺のものになるはずだ。考えてみれば本当にこの上ない良いチャンスだぞ。よし、早く役所に行こう」 張委は役所に行き、秋先の庭での不思議な出来事を一つ一つ役所の長官に報告しました。もちろん秋先との争い事には触れませんでしたが。 役所の長官は、張委が語る信じ難い話の内容にびっくりしました。近頃、妖怪や、幽霊などが現れたという噂をよく聞いていましたが、まさか自分が管轄する地域で同様のことが起るとは思ってもいませんでした。そして、直ちに秋先を捕えました。 「おまえの庭に、幽霊が現れたと聞いたが本当か?」 「いいえ、長官さま、幽霊なんか、全く見たことなどありません」 「そんなことはないだろう。おまえの庭で怪しいことが起こったのを多数の人が見たっていうじゃないか。それはどういうことだい?」 「いや、わたしがひどい目にあって途方に暮れていた時知らない女性が現れて助けてくれたのです」 「では、その女性はどこに住んでる? 何という名前か?」 「いや、それはわかりません」 「おまえの話が本当だと誰が信じるのかい? そういう女性なんか本当はいないんじゃないか? 全てお前が自分ひとりでやったことなんじゃないかね。いったい、おまえの正体は何なんだ!妖怪か、幽霊か?」 「とんでもないことです。わたしは勿論人間です。町の人びとに訊いてみて下さればすぐ分かることです」 「どうしても本当のことを言わないつもりなのか? よし、それなら拷問にかけて本当のことを話してもらうことになるがよいか !」 秋先がいくら抗弁しても役所の長官は耳を貸さず、下役に棒を持って来させ、秋先を叩くように命じました。下役が太い棒を手にしてまさに秋先のお尻を叩こうという時、突然、長官の頭に立っていられないほどの激痛が走りました。 長官は仕事を続けることができなくなり、拷問にかけるのを明日に延ばして秋先を牢屋に入れておくことにしました。すると不思議なことに頭の痛みが消えました。 実は長官は以前にも裁判の結果で冤罪をかぶせた時、頭に原因不明の痛みが起こった経験がありました。長官は「もしかしたら秋先も無実なのだろうか?」と考え始めました。そしてこの事件はよく調べてみないといけないと長官は思いました。 一方、秋先は牢屋に入れられた怒りや悲しみに加えて、悔しくてなりません。その夜、床にひとり寂しく横たわった秋先は天に向かって祈りました。 「神様よ、どうしてこんな事になったのか教えてください。私を憐れむお気持ちがあったら救ってください。お願いです!」 とその時、目の前に美しい女性が突然現れました。見れば先日家の庭に現れた、まさにその女性ではありませんか! 「大変なご迷惑をかけました。このような事になってしまって申し訳なく思っております。実は私は天界に住む花神です。人の世で花が咲いたりしぼんだりするのを司るのです。秋先さまが植物をご自分の命のように大切にされていらっしゃる姿に感動し、何かあればお助けしようと思っているのです。秋先さまはきっとご無事で放免され、悪人には悪事の報いが必ずあります。どうぞご安心ください」 秋先が慌ててお礼を言おうとすると意識が戻り、夢でした。 ところで、張委は秋先が牢屋に入れられたと聞くともう秋先の庭が自分のものになったと嬉しく思い、下人や仲間たちを連れて庭にやってきました。しかし、庭に入って見てびっくり仰天しました。張委の目の前の、庭の木々はあちこちで倒され、花々はいたるところで散乱して、昨日、自分たちが乱暴をし踏みにじったままの光景でした。 いったいどういうことなのでしょうか? 秋先は本当に妖怪なのでしょうか? 張委たちはがっかりして庭に座り込んで、どうすればよいか対策を相談しようとすると、突然風が吹き始め、花々や葉を巻きあげてぐるぐる回り始めました。そして巻き上げられた花々や葉は沢山の小人のような女の子たちになりました。一方風の渦はみるみるうちに大きくなり、見れば渦の中に若い女性の姿があります。この光景を目撃した張委達はあっけにとられて目を大きく見開き口も開けたままの状態で声も出ませんでした。と、その時、 「みなさん、私たちは秋先の愛を受けてこの庭で何十年も住んできました。しかしながらつい2、3日前、私たちの目の前にいるこの心のない連中たちに庭を壊され、植物は虐められ、秋先も牢屋に入れられてしまいました。その上、この庭を奪おうとしています。皆さん、どうすればいいでしょうか?」 「勿論追い払おうよ、この悪人たちを!」 小さな少女たちは幅広い袖をはためかせて舞い上がると、張委たちを囲んでぐるぐる回り始めました。空が暗くなり、身体に刺さるような冷気が立ち込めて立っていられないほどの強い風が吹き始めました。 張委たちは怖ろしくなり、大騒ぎしながら庭から逃げようとあちこち転げ回ったり、這い回ったりして、やっとの事で庭から逃げ出しましたが、気が付くと張委の姿がどこにも見えませんでした。 翌日、役所の長官のところに、町の人びとの嘆願書が届きました。嘆願書には、「秋先は決して妖怪などではなく、とても慈悲心の深い人だ、また悪人の張委がその庭を奪おうと根拠のないことを告げて秋先を陥れようとしたものだ」というような内容が書かれていました。 長官はそれを読むと、村中を歩き回って調査し、ことの真相がはっきりしました。 「冤罪にせず済んでよかったな」と安堵して、秋先を放免し、虚偽の報告をした張委を追及しようと張委を捜しましたが、張委はもう話が出来なくなっていました。 張委はいったいどうなったのでしょうか? 実は、強風が収まった後、下人たちが一生懸命張委を捜した結果、外壁の下にある池に張委の死体を見つけました。風に巻き込まれて池に落ち水死したに違いないと思われます。 秋先は無事に自分の家に戻ると、一層心を込めて植物を育てましたので秋先の庭は、一年中青々とした美しい緑で覆われ、色とりどりの綺麗な花々で彩られるようになりました。そして、村の人びとが何時でも秋先の庭を鑑賞できるように庭の入口を大きく開いておきました。 (終わり) ******* 前に戻る TOPへ |
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