媛媛講故事―67 怪異シリーズ 36 「和氏璧(かしのへき)の伝説」T 何媛媛 今は昔、春秋戦国時代の話です。 楚国(今の湖北省)の西に荊山という山が高く聳えています。山の麓に卞家荘という村がありました。この村の人の苗字は殆ど卞というのです。 村の人びとは、薪を伐り出したり、漁をしたり、穀物を作ったりしながら、それらを市で売って生計を立てていました。 この村に、卞和という若者がいました。卞和の両親はとうの昔に亡くなり、少年の頃から一人で暮らしてきました。卞和も村人同様に毎日山へ行って薪になるものを伐り出し、自分が使用する分を残し、他は全て市でお金に換えながら貧しい生活を送っていました。 しかし卞和は、実は「隔石段玉」(原石の中に玉の存在を知る)という誰も真似ができない素晴らしい鑑識眼を身に着けていました。 卞和の家は、本来は薪を伐り出すのが生業ではなく、祖父、父親たちはかつては名高い玉の細工師だったのです。玉石彫刻の高い技術を持っていたばかりでなく、原石を鑑定する秀でた技も持っていました。卞和は幼い時から祖父や父のそばで育ちましたのでその技を自分の目で学び、また教えられたりして、家伝ともいえる原石鑑定の技を身につけました。しかも卞和のその技はまさに「青は藍より出でて藍より青し」と人々に評されるほどの優れたものでした。 美しい色や不思議な光沢を持つ玉は、中国古代から、神と人を結ぶ神秘な力を持つ宝物と思われています。神様を祀る重要な祭祀に使われたり、帝王たちの印章にしたり、貴族たちのお護りにしたりして、中国の人々に愛されてきた貴重な宝物です。 しかし、美しい玉となる資質はいつも原石の中に包み込まれていて、専門的な知識を持つ鑑定士でないと見極めることができません。ですから美しい玉は容易に見つけることができませんし、容易に手に入れることもできません。だからこそ「珍しいものほど貴ばれる」のです。しかも優れた細工技術を持たなければ美しい玉を作り出すこともできません。 春秋時代では玉は皇帝や、貴族たちだけが持つことを許され、庶民は持ってはいけないものでした。もしも庶民がこっそり玉を持っていることを役人に知られたら、禍を招いたに違いありません。 その頃の朝廷は、玉をたくさん必要としていましたので玉の細工師を多数雇っていました。けれども卞和は、素晴らしい鑑識眼と技術を持っていても、あまりに若く、知り合いの引き合いもなく、宮廷の細工師として働くことができないでいたのでした。 「あれ! この石の表面には不思議な線があるし、微妙な色合いをしている。どう見ても普通の石ではないようだ」 と思いました。 卞和はその石の周りを回りながら、長い時間を掛けて石の筋目や、色合いなどを細かく観察した結果、自分でもびっくりするような結果が見えてきました。その石の真ん中には世にも珍しい玉になる素材が潜んでいるのを確信したのです。 卞和は深く考えました。 「我が国は、領土が広く人口も多い。しかし、王は爵位が低いのでお立場も弱い。これまで我が国は他の国から軽んじられ、虐められ、攻められてもきた。もし我が国に他の国が手に入れることができないような玉があるのが分かれば、他の国の羨望の的となり、尊敬されるようになるだろう。そうなれば、戦争も起こらず国は平和になり、庶民たちは安心に働くことができ、幸せな生活ができるだろう。 周の時代は、公、候、伯、子,男の五つの爵位で国を封じましたが、楚の王はその中でも「子」の爵位の為、他の国の王に比べて「弱い立場に甘んじていました。そこで卞和はこの原石を大王に捧げ、国を強大にしようと思いました。その時の楚の大王は、脂、でした。 原石はとても重いので,彼は親友である新成という若者をを呼んで二人で力を合わせその原石を村へ運びました。宝物が運ばれてきたという噂が広がり、村の人々は揃ってその石を見に来ました。卞和が自分の考えたことを村民たちに説明すると、みんなが大賛成しました。 村民達それぞれが卞和と新成の為にお弁当を持ち寄り、旅費を出し合い、準備万端整えると、卞和と新成の二人は原石を牛車に載せ都へ出発しました。 山を登ったり、川を越えたりして、何日もの日数を掛けて、やっと都に辿り着きました。 山里で生活していた二人にとって都は眩暈を感じるほどの賑やかさでしたが、二人は何はともあれ持参した宝物を大王に捧げることが一番大切だと思っていましたから街を見物してみようとも思いませんでした。大王がいらっしゃる宮殿がどこにあるかも知らない二人は、道を尋ねながら長い街道を抜けて前に進んで行くと高く厚い壁に囲まれた立派な屋敷の前の、広い広場に出ました。 その屋敷の門は、何重にも重厚な屋根を載せた豪華なもので「章華宮」という大きな扁額を高く掲げていました。門の両側には武器を持った兵士が立って厳重に守っています。」 「間違いなくここが宮殿に違いない」と二人にはすぐ分りました。二人は原石を牛車から下し、縄で天秤棒に縛り、その天秤棒の前後を担いで建物の入り口に向かって進んで行きました。 「止まれ!何者か?」 門を守っていた兵士は二人の見るからに貧乏そのものの農民を見かけるとすぐ叫び止めました。 「俺たちは荊山から来たものでございます。荊山で宝物を見つけたので、大王に捧げようと思って参りました」 と卞和が説明しました。 「宝物だと? この石がか? 嘘じゃないのか。大王は天下の宝物を溢れるほど持っていらっしゃるのを知らないのか。辺鄙な山奥で宝物を見つけたなんて聞かされて誰が信じるものか。早く遠くへ行け!」 「お願いします。私は本当に山で世にも珍しいと思える宝物を発見しました。我が国が強くなるため、大王に献上したいと思っております。どうかお国の為にもお通しください。きっとお役に立つ筈です」 「おぅ、ちゃんとした理由があるんだな。じゃ、ここで待て! 大王が招き入れるかどうか分からんが、とりあえず、報告してみよう」 兵士はそう言うと宮殿に向かいました。 長い時間が経ち、やっと兵士が出て来ました。 「おい、二人、今日はお前達は運がよい。大王は大層なご機嫌で、暇もあるし、通してやれとおっしゃった。ただし、入れるのは一人だけだ。大王に詳しく説明申し上げた後、必要が生じたら此の石を運んでいこう」 二人は、大王に会えると聞いて大変嬉しくなり、新成が残って原石を見守り、卞和が服装を整えて宮殿に向かって行きました。 (続く) ******* 前に戻る TOPへ |
---|