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  媛媛講故事―69

怪異シリーズ 38    「和氏璧(かしのへき)の伝説」Ⅲ


                                 何媛媛


  前回で、卞和は希世の玉を潜ませた原石を歷王に献上しましたが、私心を持つ玉工たちの讒言によって歷王は卞和を信用せず、卞和は刖刑を受けて左の足を失ってしまいました。

 その後、幾年か過ぎて歷王が没し、武王が即位しました。「今度こそ王は私を信じてくれる」と卞和は思い、再び親友の新成に伴われ、杖にすがりながら、原石を牛車に載せて上京しました。

 初めて石を献上した一回目の時と違って、村の人たちはそんな卞和の行動を喜べず、むしろとても心配しました。新しく即位した武王は先王の歷王よりも気の荒い君主だという噂が国中に流れていたからです。

 そして結果は村民たち心配した通りになりました。卞和は前回同様に門衛の兵士に玉の話を王に告げると宮廷に入ることを許されました。そして武王の前で、運んできた原石の中に類まれな宝玉が潜んでいることを説明しました。しかし、今回も武王は玉工たちを呼んでその石の中に宝玉が潜んでいるかどうかを評価するように命じました。しかし、玉工たちは皆、卞和が運び込んだ石はただの石だと王に告げました。王は卞和が詐欺の罪を再び犯したとして今度は右の足を切ってしまいました。

 親友の新成は都に旅立つ前から最悪の結果もありうることを覚悟していましたので、血止め、痛み止めなどの薬を持って来ていました。右の足も切られ、血にまみれた卞和を抱いて泣きながら薬を塗りました。

 結局、二人は怒りと悲しみに打ちのめされながらも故郷へ帰り、卞和は半年の間、療養に努め傷はやっと癒合しましたが、両足を失って、二本の杖を支えに日々を送るようになり生活は一層貧しく厳しくなりました。それでも卞和は国のため宝物を献上したいとの思いを持ち続けていました。暇があれば石を見つめて嘆きつつ語りかけました。

 「お前は、何という素晴らしい石だろう。私にはお前の中で眠っている玉の素晴らしさが見える。今はそのことを知っているのは私だけだ。けどさ、いつかきっと私以外にもそれを知る人が現れると信じている。我慢して待っていようね」

 そのまま、50年の歳月が経ってしまいました。卞和の頭は白髪に変わり、腰も曲がり老人になりました。

 ある日、卞和の耳に良いニュースが聞こえてきました。武王が没して,新しく文王が即位しました。文王は「民を愛する英明な君主だ」と皆から言われているというのです。卞和は、今又、原石を王に献上するかどうかを考えながら、今までの悲しい出来事を思い出し原石を抱いて声をあげて泣きました。そして三日三晩泣き続けて卞和の涙は涸れ果て、終には目から血をながして泣きました。

 この話を伝え聞いた文王は人を遣って卞和を尋ねさせました。

 「世の中には刖刑を受け、足を失ったものはとても多い。なぜお前はこんなに嘆き悲しむのか」

 卞和は答えて言いました。

 「私は足を失ったから悲しいのではありません。希世の宝石を潜ませている原石をただの石と思われて陽の目を見ることないまま捨て去られているばかりか、国を思い、王の為を思ってその原石をはるばると宮廷に届けた正直な人間が不届き者として生涯汚名を着せられたまま今日を迎えていることが悲しいのです」

 文王は卞和のもとに遣わせた使者からその報告を聞くと共に卞和にまつわる物語を聞いて考えました。そして、その原石が本当に稀代の玉を潜ませているのかどうかは石を割り開かないと分らないではないか、両足を失う危険を冒してまで二回も王宮に献上しに来たというのは必ずそれなりの理由があるだろう、是非きちんと究明したいと思いました。そこで卞和に石を持たせて都に連れてくるように命令を下しました。

 卞和は再び古い友人の新成に「もう一回だけ自分の伴をして上京してくれないか」と助けを求めました。しかし、新成は卞和に問いました。

 「私たちは既に老人になった。これからの日々はもう長くはない。宝物を大王が認めて褒美を頂けたとしても、この歳では無用物に等しい。万が一、以前のような目にあったら、今度こそお前は命を失うだろう。お前は三度目の危険を冒そうとしているのが分からないのか」

 卞和が答えて言いました。

 「生きている内に、私は自分の二つの思いを実現させたいのだ。まずはこの原石に潜んでいる希世の宝玉をこの無名の山里から世に出して陽の光の下で光り輝やかせたいのだ。このまま何もしないで見捨ててしまうにはあまりに残念なことなのだからさ。二つ目は卞和は詐欺師だという汚名を雪ぎたい。褒美など貰おうという考えなどさらさらない」

 そこで二人は三回目の上京をすることを決意しました。

 都について順調に宮殿に上がり大王に面会しました。大王は、目の前の卞和の顔に不屈の気概を見てとり感動しました。そして、文王は歴代の大王のように玉工を呼んで彼等の意見を問うことなく玉工に命令を下して直ちに宮殿で石を割らせました。

 宮殿には沢山の人がいました。石が割られると、石の中から氷のように真白い、明るい、七彩の何とも言えない眩い光りが放たれ、これまで誰も見たことのないような素晴らしい、宝玉になるばかりの素材が現れました。太陽に当てると、赤、黄、紫,緑などの様々な色に移り変わり、手で触れば、潤いのある、滑らかな優しい感触に心もまた優しい気持ちになってくるのです。

 文王は卞和が言った通り、果たして希世の宝物を自分の宝に加える事が出来て大変喜び、それを璧(薄い環状の形をして、真ん中に穴を開け、重大な祭器に使う)に加工させました。又、その璧を入れるため、有名な大工に、最上級の楠の木でケースを作らせ、ケースの表面に宝石や金を施して国の最高の宝ものとし、人の目にも触れないように厳重に納めました。

 さて、卞和の念願がやっと実現しました。自分の汚名を雪ぎ、希世の宝物を世に送り出しました。文王は、褒美として卞和に上代夫の俸祿を与えました。またその忠心を讃えるため、この璧を「和氏璧」と名付けました。

 実は、和氏璧には不思議なところがあるそうです。「和氏璧」の側にいると、冬には囲炉裏がなくても暖かく、夏は団扇を揺らさなくても、涼しく感じられるといわれます。そしてまた、蚊や蠅などの害虫はこの璧を怖れているかのように傍に寄せつけない力があると言われています。

 その後、「和氏璧」は楚の文王から代々に伝えられて、四百年も経ちました。この四百年の間に、楚国に大きな変化があり、国土が広がり、軍事力の強大な国になりました。そして約紀元前330年頃、楚に威王が即位しました。             (続く)

                                                                    




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