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  媛媛講故事―61

怪異シリーズ 30           15貫(注)

                                 何媛媛


今は昔、南宋(1127〜1279)の時代、都の臨安府(今の杭州市)に劉貴という男がいました。先祖代々富豪として知られた家でしたが、劉貴の代になって、家運がすっかり衰えてしまいました。劉貴の本来の望みは、一生懸命勉学に励み、役人になることでしたが、家の経済状況では、とても劉貴の勉学を支える資力もなくなり、仕方なく、家計を維持するため商売を始めました。しかし、商売も順調に行かず、たびたび大きな損失を出して、結局、大きな家から、小さな家へ移り住んで、終にはその家まで手放し、ニ、三間しかない小さな家を借りて過ごす始末でした。

 劉貴は王氏の娘と結婚していましたが、長い間、子どもに恵まれなかったため、陳氏の女性を妾にいれました。勿論、それは生活がまだそれほど困っていなかった頃のことです。そんな訳で、劉貴一家の生活は貧しいながら、二人の妻はわりと気性の優しい女性たちでしたので、三人一緒に睦まじく日々を送っていました。家では、奥さんの王氏を大姐、妾の陳氏をニ姐と呼んでいました。

 そんなある日、王氏の父親が誕生日を迎えました。劉貴は王氏と共にお祝いの品や土産物を用意し、都から20里(10キロ)あまり離れた郊外にある王氏の実家に向かいました。家を出る前、劉貴は陳氏に、

 「今日は遅いから、帰れないと思うが明日はきっと帰ってくるよ。気をつけてしっかり留守番をして欲しい」

 と言い残して出発しました。

 義父の家に着いて、祝いの品や土産ものを手渡した後、祝福の挨拶を述べましたが、大勢のお客さんが次々とお祝いに来るので、なかなか義父とゆっくり話す時間がありませんでした。客たちが帰ったあと、やっと落ち着き、義父と劉貴二人だけで杯を交わしながら話しました。

 「どうしたらいいのか。あんたの暮らしはなかなか良くならないようだ。「座して食らえば山も空し」(注2)というじゃないか。我が娘をあんたに嫁がせれば何も苦労なく暮らせると安心していたのだが、今のような状態になるなどと思ってもいなかったことじゃ」

 劉貴は頭を深く下げ、

 「おっしゃる通りです。私も何とかしたいと思いいろいろ試して見ましたが、運が悪いのか思うような結果になりません。ですからいつもどうすればいいだろうと思い悩んでいるのです」

 とため息をつきながら言いました。

 「わしはあんたたちの生活振りを傍で見ていられないのだ。娘のためにも、あんたを助けてやりたいと思っているところじゃ。商売の元手を少し用立ててあげるから米薪店でも開いてみる気持ちはないかね。少しでも儲かるようになれば暮らしが立つ。そうなればいいじゃないか」

 「それは嬉しいことです。お義父さん、今度こそうまくやります」

 そこで、義父は十五貫文の銭を取り出して劉貴に与え、

 「まずはこの銭で開店の準備をしなされ。順調に開店に漕ぎつけられたら、開店の日にさらに十貫文あげよう。何はともあれ急いて店をだしなされ。娘はしばらくここで預かることにするが無事に開店の運びになったら、娘を連れて祝いに訪れよう。どうじゃな?」

 突然の義父からの申し出に劉貴は涙が出るほど感激し、目の前に用意された大金を大切に袋に納めると、義父に繰り返しお礼の言葉を述べました。そして、その翌日、劉貴は妻と義父に別れを告げ、お金を背負いわくわくした気持ちで帰途につきました。

夕方、地元の町に戻ると、家の近くでたまたま商売をやっている知り合いの人に出会うと、「酒でも飲まないか」と誘われました。ちょうど劉貴も商売についての話を聞きたいと思っていたところでしたので誘いに乗り、一緒にお酒を飲みながら、どうすれば上手に米薪店を開けるか話し合いました。

 劉貴は元々お酒に弱い性質で四、五杯、杯を空けると、頭がふらふらになってきました。それでも酔ってはいけないと心に念じ、知り合いと別れを告げてヨロヨロした足取りでどうにか家に辿り着きました。

 妾の陳氏は、日が暮れるとすぐ玄関をしっかり閉じ、ウトウトしていました。暫くすると門を叩く音が聞こえ、急いで門を開けました。劉貴は陳氏の顔を見るなり、ちょっと興奮した口調で言いました。

 「ね、君、これ、なんだと思う?」

 陳氏は不思議に思って、その重い袋を受け取り紐を解いて中を覗いてみると、なんと、沢山のお金が入っているではありませんか。彼女は吃驚して口を大きく開け、夫を見つめて訊きました。

 「こん、こんなたくさんのお金、どこから貰ったのですか? 何に使いますの?」

 劉貴は酒に酔っている上、お金が手に入った嬉しい気分も手伝って、突然陳氏をからかう気になりました。

 「どこから貰ったというのかね。聞いたら、怒るんじゃないかな」

 「なんで怒るなんていうの? ひょっとして盗んだものですか?」

 「いや、俺はものを盗むような人間じゃないよ。分かってるじゃないか」

 「いったいどんなお金なんですか? 早く言ってくださいよ。盗んだものでなければ怒ったりするはずないじゃありませんか」

 「じゃぁ、絶対怒らないでね。実は君を娶ってから、豊かな生活もさせられず、常にすまない気がして、どうすれば君たちに満足に思ってもらえるだろうかといつも考えていた。今日、たまたま金持ちの知人に出逢ってね、その知人が結婚相手を探しているって言うんだ。それで君を彼に売ってしまった。君が彼と結婚するのは君にとってもいい事だと思いながらも、申し訳ないことをしたという気持ちもあってお金は沢山貰わなかった。ま、こんな程度で帰ってきたが、このお金で商売をして儲けたら、君を必ず買い戻す、儲けられなかったら、これでお別れだ」

 劉貴は恰も本当の話のように述べました。

 陳氏にとっては寝耳に水の話で信じられません。普段陳氏は、夫や奥さんの王氏との仲もよく、不愉快なことも無く、平和に過ごしてきました。貧しいとは言え、飢え死するほどでも無いのですから、自分をお金に換えなければならないほどとは思えません。なんでいきなりこんなひどい仕打ちをするのかと陳氏は信じられません。しかし、お金は確かに机の上にあります。陳氏は劉貴を問い詰めました。

 「お姉さんはどうして帰ってこないの、どこでお酒を飲んだの」

 「お姉さんは君と別れるところを見ていられないと言うので、実家に残してきたよ。知人がお酒をおごってくれて飲みながら、売買の契約を結んだ。明日、知人が家に来て、君を連れて行くから、持って行きたいものを用意した方がいいだろう。どうも今日は疲れた。俺も早く寝なきゃぁ」

 と劉貴は言いながら、お腹の中でこっそり笑いを堪え、服も脱がないまま横になって寝てしまいました。
                                                                                                (続く)
注1:古代のお金、丸く真ん中四角い穴があり、紐で通して纏め、1000枚で一貫という。一貫はおよそ今の人民元の200円になります。
注2:「働かないでいれば、豊富な財産もやがてはなくなるものである」の意。

                                                                    


                         
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