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  媛媛講故事―62

怪異シリーズ 31           15貫(注)

                                 何媛媛


 陳氏は、劉貴の言うことを半信半疑に思いながらも、最悪のことを想像しました。

 「どういう男が私を買ったというのでしょう? いくら金持ちの家だとしても、日頃の貧しい生活に馴染んでしまっているのだから、金持ちはどんな生活をしているのか、私にはさっぱり判りません。これからの私の生活はどのようなものになるのでしょう。想像しようにも想像する手がかりが全くないのですから」

 この先どうなるのか、考えても不安に思うだけで想像のしようもありません。

 陳氏は考えれば考えるほど気持ちが沈みました。 

 「そうだわ、まずは自分の両親に知らせた方がいい、まずは、当分何処かに隠れたほうが安全でしょう。明日夜明けになったら急いで実家に帰って両親と相談することにしましょう」

 彼女はお金が入った袋を、酔ってぐっすり眠り込んでいる劉貴の足元に置き、とりあえず必要な着替えだけを用意してこっそり家を出ました。そっと玄関のドアを閉めると、いつも世話になっている隣家の朱おじいさんの家に訪ねて行き、お爺さんに夫から聞いたことの一部始終を話しました。

 「どうしたらいいでしょう。助けてください!主人は理由も説明せずに私を人さまに売ったといっています。これからのことを思うと不安で耐えられません。夜が明けたら、実家へ帰って両親に話して相談したいのです。そんな訳で今晩は泊まらせて頂きたいのですがお願いできるでしょうか」

 すると朱おじいさんは

 「そうか、ひどい話だなあ。じゃあ、とりあえず今夜はここで寝て、明日朝早く両親に会いに行きなさい。私から旦那さんに伝えておいてあげよう。」

 おじいさんは深く同情して言いました。陳氏は安心してその晩は朱おじいさんのところに泊まり、翌朝、実家へ急ぎ向かいました。

 一方、劉貴は旅の疲れから深い眠りに落ちていましたが、真夜中に一度目を覚ますと、水が飲みたくなりました。

 「二姐や、お茶をおくれ」

 と陳氏を呼びました。が、返事がないので、起き上がって自分で水を飲みに行こうと思いましたが、頭がまだくらくらして立ち上がれずそのまま再び寝入ってしまいました。

と、その夜、一人のならず者が現れました。彼は昼間に博打を打って、さんざん負けてしまい、夜になって、戸締りの甘い玄関がしっかり閉じていない家を狙って金になるものを盗もうと思いました。

 劉貴の家の玄関にやってくると閂が掛かっていません。陳氏が家を出た時、門は閉めたのですが、閂を掛けなかったのでした。その男が劉貴の家の門を押して見ると、ドアがギーときしみながら開きました。手探りをしながら忍び足で家の中に入ってみますと、寝台の上に、男が壁に向かってぐっすりと寝ているのが目に入りました。しかし、他には誰もいないようです。

 男はだんだん大胆になり、机や寝床を探っている内に例のお金が入っている袋を見つけました。男は喜んで、袋の中からいく貫文かを抜き取ろうしていると、お金の音で劉貴がはっと目を覚ましました。むっくりと起き上がると泥棒の姿が目に入り、怒鳴りつけました。

 「こら!こいつ!! 誰だ!? 泥棒か!? その金を盗もうというのか!? それは生活の元手にするために、義父から借りてきたものだ。持っていくつもりか!? そんな事は許さん!」

 男は一瞬びっくりしましたが、すぐ気持ちを落ち着かせ、拳を固めると劉貴に向かってゆきました。劉貴は素早く起き上がり、男が振るう拳を避けて、男に飛び掛かりお金を奪い返そうとしました。が、男はさっと窓を押し開くとその窓を飛び越しました。しかし、男が飛び込んだのは台所でした。劉貴も男の後に続いて窓を飛び越しました。

 劉貴は必死で男からお金を取り戻そうとし、男は取り戻されてはなるまいとお金を守り、二人は激しく取っ組み合いました。と、取っ組み合いの真っ最中、男は床にぎらぎらと光る鉄の斧があるのが目に入りました。素早くその斧を手にすると、劉貴の頭めがけて力一杯振り下ろしました。

 それは致命的な一撃でした。劉貴の頭から鮮血がほとばしり、劉貴はばったりと地面に倒れてしまいました。男はびっくりし、しゃがんで劉貴の様子をみますと、劉貴はかすかな息をしているようでしたが、間も無くその息もとまり、動かなくなりました。

 思わぬ結果になって、泥棒は空恐ろしく、早く逃げようと思いました。そして劉貴が蘇らないように、意を決してその体に2、3回斧を振るうとその場から離れました。逃げ出す途中、劉貴が寝ていた部屋を通ると、男がつかみ出したお金と、残りのお金が入ったままの袋があるのが目に入りました。

 男は、部屋に散らばっていたお金を全部袋に纏めて、背負うと劉貴の家から暗闇の中へ逃げていきました。

 さて、劉貴はいつもは早く起き、あれこれと忙しく立ち働くのですが、翌朝、劉貴の庭があまりにも静かなので、隣の人が不思議に思い、劉貴を訪ねました。

 「劉旦那、まだ起きてないのですか? 今日はどうしましたか? 体の具合でも悪いのですか?」

 と、声を掛けましたが、中から返事が返って来ません。不思議に思って戸を押してみますと、閂も掛かっていません。恐る恐るさらに中へ入って見ると、なんと台所で劉貴の無惨な体が横たわっているではありませんか!

 隣人はすぐ近所の人々を呼びに走りました。

 「大変だ!劉旦那が何者かに殺された!」

 と叫んで走り回ると、近所の人々が次々と劉貴の家に集まって来、口々に思っていることを言い合い始めました。

 「どういう事だ!昨夜は何があったのか!ここの奥さんが実家に帰って行ったのは知っているが、二姐はどこに行ったのだ」

 二姐を泊めた朱おじいさんが言いました。

 「や、実は彼女は昨晩私の家に泊まっていたのだ。劉旦那が理由も言わずに自分を売ったと言うので、夜が明けたら、実家に帰って両親と相談するつもりだと言っていた。今朝、急いで出かけて行ったが、出かける前、自分が実家に帰ったと劉旦那に伝えて欲しいと頼まれた。彼女を追いかけて連れ戻し、訊いて見たらきっと何か分かるかもな」

 朱おじいさんの話を聞くと、その場に集まった人たちは相談し、陳氏の後を追いかける人と劉貴の義父の家へ報告に行く人を決め、走らせることにしました。

 劉貴の義父の宅に着いた人が劉貴の訃報を知らせると、妻の王氏は泣き崩れてしまいました。

 また、義父も報告人に言いました。

 「どういうことだ。昨日はあんなに元気で帰ったというのに。わしから十五貫のお金を借りると、それを元手にして店を開くといって、元気いっぱいで帰っていったのじゃ。どうしていきなり人に殺されるようなことになってしまったのだ」

 報告者は不思議そうな様子で

 「十五貫を持って帰ったのですか。それは知りませんでした。昨夜、町にお帰りになった時はすでに暗くなった時分でしたが、友人の方とお酒を飲まれて、すっかり酔っていらっしゃった様子でした。今朝、私が劉旦那の家に行った際は、玄関が半開きになっていました。中に入って見ると劉旦那は頭からひどく血を流して亡くなっていらっしゃったのです。お金は一文も見あたらなく、ニ姐の姿が見えませんでした。隣の朱おじいさんの話では、二姐が昨夜朱おじいさんのところに泊めて欲しいといって訪ねて行き、その時に朱おじいさんに『劉旦那さんが自分を旦那の友人に売った』と訴えたそうです。そして今朝早く朱おじいさんの家を出、両親に事情を話して相談するために実家に帰って行ったというのです。ご近所のみなさんと相談した結果、一人が二姐をおいかけて行き、私が報告のためにこちらに来ました。どうか一刻も早く劉旦那の家に行って、二姐に会って頂いて、事情を究明していただければと存じます」

 と言いました。
 奥さんの王氏と王氏の父親は身支度をすると、三人一緒に、三歩を一歩にして急ぎ劉貴の家に駆けつけて行きました。               (続く)
                                                                                              
注1:古代のお金、丸く真ん中四角い穴があり、紐で通して纏め、1000枚で一貫という。一貫はおよそ今の人民元の200円になります。
                                                                    


                         
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