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  媛媛講故事―63

怪異シリーズ 32           15貫(注)

                                 何媛媛


   さて、劉貴の妾の陳氏のその後はどうでしょうか。

 事件が発見された朝、陳氏は早朝に町を出て、実家への帰路を急いで歩いておりました。2、3里(およそ1.5キロ)程歩いたところ、すっかり疲れ切って、足も痛くなりましたので、道端に座り休むことにしました。

 その時、陳氏の後方から若い男性が背中に袋を背負ってやってきました。若い男性は一人で歩いている陳氏を見て、礼儀正しく「こんにちわ」と挨拶してきました。陳氏も、「こんにちわ。お兄さんはどちらへいらっしゃるのですか」と、挨拶を兼ねて軽く言葉を交わしてみますと、若い男性は商売の為にちょうど陳氏の実家がある褚家堂へ行くところだと分かりました。

 誠実で頼もしい人のように見えましたので、陳氏が、

 「少しお休みになられて、ご一緒に参りませんか? 私は一人ですのでどうしても心細いのですが」

 と、その若い男性に頼みますと、

 「はい、それでは喜んでお供しましょう」

 と快く答えてくれました。

 二人はしばらく休んでから再び歩き始めました。ところが歩き始めて間もなく、後ろから急いで近づいてくる足音が聞こえてきました。

 「ほい! 止まって! 前に行くのは二姐(陳氏のこと)だろう?」

 陳氏が足を止め、後ろを振り返ってみると、隣人で知り合いの男たち二人が声を掛けてきたのだと分かりました。

 「本当に二姐だ! なあ、早く戻ろぜ」

 隣人の二人は陳氏のところへ駆け寄ると、彼女の腕をしっかり掴み、戻る方向へ連れて行こうとしました。

 「そんなに慌てて何があったのですか? 私は実家に帰るのです。なんで戻らなければならないですか?」

 陳氏はびっくりして聞きました。

 「なんで知らない振りをしてるんだい? お前さんのご主人が死んだんだぞ。お前さんがやったんじゃないのか?」

 一方の隣人が言いました。陳氏は大変びっくりして、

 「な、なにを言うのですか。主人が死んだと? 嘘でしう!? 昨日の晩、私を友人に売ってしまったと、私に言った後は、ずっと床にぐっすり寝込んでいたんですよ」

「詳しいことはあとで話すことにしよう。今は早く帰ることだ」

 「嫌です。私を騙しているでしょう? 主人が私を売ったというので私は驚いて、一刻も早く実家に帰って、兎も角両親に相談しようと思っているのです」

 「騙してなどいないよ。あんたの主人は本当に死んだんだ。知らないとでもいうのか? とりあえず今すぐ帰って皆の前で本当の話を言うんだ!」

 陳氏はついさっき一緒になったばかりの若い男性に、

 「どうしよう、私はもうご一緒には行けないです。お一人でいらっしゃって下さい」

 と、男性に別れの言葉を告げていると、後から駆けつけてきた隣人が

 「いや、この男も一緒にいたんだから連れて行こう」

 と言いました。若い男性はとんでもない成り行きにびっくりしました。

 「いや、私はこの姐さんとたまたま出会って一緒に行くことになっただけで、私には何のことだか何もわかりません」

 と若い男が言い、陳氏も

 「確かにそうです。たまたま同じ道を行くので、一緒に行っていただけると安心だと思って知り合いになったばかりです」

 と言いましたが、隣人は

 「いや、それでも一緒に行って貰わなければいけない。一緒に戻ってもらって事情を話してもらおう」

 と言いました。若い男性は

 「私は全く無関係です。先に行かせてください」

と頼みました。しかし、

 「だめだ。二姐の旦那が殺害され、しかも、容疑の掛かっている二姐と一緒にいるからには、お前さんはもうこの場を離れることは許されないってことだ」

 と、取り合ってもらえませんでした。若い男性は少し考えると、覚悟を決めた様子で、

 「私は全く関わりのないことだ。潔白なことはすぐ証明できるだろうから一緒に行っても構わない」

 キッパリ言うと、隣人の男たち二人と、陳氏について戻り路を共に急ぎました。

 再び一時間くらい掛けて劉貴の家の前に戻りました。家の周りは、人だまりができて大騒ぎになっています。陳氏は人の群をかき分けて家に入ってみますと、なんと、すでに息を引き取っている自分の亭主が血まみれの姿で床に横たえられ、その側に血がこびり着いた斧がそのままになっています。その光景に陳氏は驚きのあまり、「あっ」と叫ぶと、そのまま気を失ってしまいました。

大勢の人々は、ただ、わいわい、うろうろしているだけでどうにもできないでいるところへ、実家から戻ってきた劉貴の第一夫人の王氏と王氏のお父さんが転げこむようにして入ってきました。そして、王氏は劉貴の無惨な姿を目にするや「わっ」と泣き崩れてしまいました。

 しばらく泣き続けていた王氏でしたが、陳氏が気を失って倒れている姿が目に入ると、立ち上がって陳氏の襟を捕まえ叫びました。

 「お前はなんでここにいるのよ!どんなわけがあって夫を殺したの!? 十五貫のお金のためなのですか? お金に目が眩んで、そのお金を掻っ攫って逃げたっていうのですか? お前などは神様のひどい罰に当てられればいいよ!」

 陳氏は王氏のその叫び声で甦り、王氏が怒りに任せて怒鳴る声に泣ながら抗議しました。

 「十五貫のお金は確かに旦那が持って帰りましたが、私は盗んではいません。旦那は昨日帰ってくると、そのお金を私に見せながら、『生活がどうにもならないからお前を売ってしまった。このお金はお前の身代金だ』とおっしゃいました。そして今日、私をその家につれて行くつもりだと言われたのです。私は怖くてどうしてよいか分からず、主人が眠ってから、実家に帰って相談しようと思いつき、昨日の夜に逃げ出したのです。昨夜は隣の朱おじいさんの家に泊めてもらい、朱おじいさんにいろいろ話して聞いて貰いました。でも、お金は一銭も取っていません。私が出た後、主人がどうして殺されたのかは全然存じません」

 王氏は陳氏が話すのを聞いて、更に怒りを深くしました。

 「まだそんな白々しいことを言ってるのですか?あの十五貫は私の父が商売の手元として主人に渡したものです。お前の身代金だなどと、なんでそんな馬鹿馬鹿しい話を言ったりするもんですか!」

 そして、王氏は陳氏と一緒に帰ってきた若い男性を指差して続けて言いました。

 「この男、いったい誰です? 主人が留守なのをいいことに、男を連れ込んで何をしてたの? この家の暮らしが思わしくないから、我慢できなくなったのですか。十五貫のお金を盗んで、主人を殺して、この男とぐるになって逃げるつもりだったんじゃないんですか!」

 王氏が言うのを聞いた周りの人々も皆、頷いて

 「そうだ、その通りだ。奥さんのおっしゃる通りだ。おい、お前!二姐とぐるだろう!お前が二姐に自分の主人を殺させたんだろう!」

 と、口々に騒ぎ始めました。

 若い男性は思っても見なかった展開にはじめて大変なことになったと気付き、強く手を振り弁解しました。

 「みなさん、是非、私の言うことを聞いてください。私は崔と申し、生糸の商売をしているものです。今日生糸の掛売り金を受け取っての帰り道で、たまたま同じ褚家堂に行くこのお姐さんに出会いました。女の一人歩きでは寂しいだろうと思って様子を見ていたら、このお姐さんが私に、道連れになってくれませんかとおっしゃったので、お供して一緒に行こうと思っただけです。このお姐さんと知り合いになったばかりですから詳しい事情は何も知りません」

 周りの人々は彼の話を聞くと、荷物を調べようということになり、若い男性の背負う袋を開けて調べてみました。袋の中には、生糸の他にお金も入ってありましたが、そのお金を数えてみると、なんと丁度十五貫ではありませんか!

人々はそれを見て叫び始めました。

 「十五貫だ。十五貫はここにあるのだ。これこそ動かぬ証拠じゃないか。貴様は二姐と一緒にここのご主人を殺して、お金を奪い、女を盗んで何処かへ逃げるつもりだったんじゃないか。どんな言い訳ができるんだ」

 もう誰も、陳氏と若い男の弁解は一切聞き入れなくなりました。

 奥さんの王氏と王氏のお父さんは、
 「もう間違いなくこの二人は殺人犯だ。早く裁判所に送ろう」と決断を下し、人々は、二人を紐でしっかり縛り、臨安府まで送り出しました。     (続く)
                                                                                              
注1:古代のお金、丸く真ん中四角い穴があり、紐で通して纏め、1000枚で一貫という。一貫はおよそ今の人民元の200円になります。
                                                                    


                         
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