'



  媛媛講故事―64

怪異シリーズ 33           15貫(注)

                                 何媛媛


 大勢の人々に取り押さえられ、しっかり縛られた二姐の陳氏と若い男性は臨安府の役所へ突き出されました。近所の人々も証人になろうと一緒に役所に押しかけていきました。

府の長官は殺人事件が出たと聞いて、すぐ登庁して、関係者全てを部下に並べさせ尋問し始めました。

まずは王夫人の父親が、自分の娘が劉貴に嫁いてからずっと豊かな生活ができずにいるのを見かねて、開店資金として15貫のお金を貸与したが、陳氏が不良な男と示し合わせ、その金を奪うために婿を殺したと推量を交えて述べました。また、一緒に役所に来た隣人たちも王氏の父親に同調しました。

 長官はそれを聞くとすぐ陳氏を呼んで

 「きさまが奸夫としめしあわせて自分の亭主を殺し、お金を持って一緒に逃げようという物証、人証全部揃っている。もう申し開きの余地はない。どうだ、罪を認めるか」

 と大きな声で訊きました。

 陳姐は泣ながら

 「私はこの家に妾として嫁ぎましたが、主人と王奥さんはいつも優しく私に接してくださいました。お金の余裕はありませんでしたが、三人の間では、不愉快なことは一つもなかったのです。ただ先日、王奥さんの実家に行って一人帰ってきた主人が、帰るなり私を売りに出したといいました。私は売られるのが怖くて実家に帰って相談しようと思って家を出ました。途中たまたまこちらの若い男の方に出会って道連れにして頂こうと思ったのです。

お金のためだとか殺人などというそんな悪心を私が持つような事実は何にもありません。ですから今度のことは全くの濡れ衣です。長官様、よく調べてください。お願いです」

 と固く自分の主張を述べました。

長官は今度は若い男性に向かって訊きました。男性は、商売のお金を受け取った帰り道で陳氏と知り合いになったばかりなので彼女の名前さえ分らないし、ましてや連れになった女性の夫が殺されたことも、なくなったお金のことなども一切自分には全く関わりのないことだと主張しました。
長官は髭を撫でながら

 「お前の話を誰が本当と思うか。劉家が十五貫を失くし、貴様の袋にはちょうど十五貫がある。その上、殺された人間の女房のこの女に面識がないといいながら、見つけられるまでどうして一緒に、寂しいところを連れだって歩いていたのか。たまたまとお前は言うが、世の中にこんな偶然が折よくあるものか。明らかに見え透いた嘘としか言いようがないではないか」

 と若い男性をじっと見つめて問詰めました。

 しかし、若い男性は自分とは何も関係がないと固く言い続け、陳氏もそばから男性の言葉に間違いがないと繰り返しました。

 しかし、王夫人と父親は、あまりにも突然の出来事に打ちのめされて、今は冷静にものを考えることが出来ません。殺人犯は間違いなく陳氏とこの若者だと思い込んでいました。

 「嘘だ。この恥知らずの二人が言うことは全く嘘だ!」

 と王夫人とその父親が興奮して叫びました。隣人達も皆二人に口を揃えました。

 長官は目の前の状況を見て

 「おい、お前たち、この恥知らず。本当の話を言わないと後悔するぞ!」

 と脅しましたが、それでも二人は今までの主張を崩しません。業を煮やした長官は机を叩いて命令を下しました。

 「このままでは本当のことを言わないようだ。拷問に掛けてみろ!」

 下役に道具を運ばせ、陳氏と若い男性を半死半生まで板で叩いて責めつけさせました。

 最初の内は、二人とも気絶するほどの痛みにも耐えて無実を言い続けましたが、結局、拷問に耐えきれずお金のため人を殺し一緒に逃げようとしたのだと認めました。一刻も早くこの裁判を終結したいと思った長官は、すぐ二人に首枷を嵌め、死刑囚牢獄に投げ込みました。

 そして長官は、若い男性が所持していた十五貫を王氏に返し、案件に対する判決文を作成して朝廷に上奏しました。

 その後、何日間か経て、聖旨が下されました。

 「崔寧は人の妻と密通し、金を奪い、人を殺す。律に拠り、斬罪に処する。陳氏は奸夫と示し合わせて、夫を殺害して、女の道徳を失い、大逆無道である。よって八つ裂の刑に処する」

 二人は、牢獄から引き出され、人々の前で刑を執行され、不幸にも、責任感のない愚かな裁判官に裁かれ、むなしく命を失ってしまいました。

実は裁判官がよく考えれば、この事件に不自然なところがあることに気が付く筈でしょう。 少なくとも、 陳氏がお金を盗んだのでしたら、夫が死んだその夜、わざわざ隣の家で一晩泊まるなどせず、素早く何処かへ逃げてしまう筈でしょう。しかし、いい加減な裁判官はそれさえも見落として、罪のない人たちを殺して、本当の犯人を逃がしてしまったのです。

さて、事件がすべて終了し、王夫人の父親は娘に再婚を勧めました。しかし、王夫人は夫を忘れることができない上、古いしきたりで、身内がなくなったら、三年間の喪に服す習慣もありますので、せめて一周忌を済ますまでは待ってほしいと父親に告げ、喪服姿で日々を送り始めました。                                                                                 (続く)
                                                                                              
注1:古代のお金、丸く真ん中四角い穴があり、紐で通して纏め、1000枚で一貫という。一貫はおよそ今の人民元の200円になります。
                                                                    


                         
 *


                         TOP