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  媛媛講故事―65

怪異シリーズ 34           15貫(注)X

                                 何媛媛


 月日の経つのは早いと言われます。劉貴の本妻である王氏は夫の喪に服して家に閉じこもったまま早や一年になりました。

王氏の父親はいつも娘のことが気がかりで、指を折っては日が経つのを数えていました。そしてやっと事件から一年になると王家の老僕である王爺に命じて娘を迎えに行かせました。

 王爺は王氏に会うと

 「旦那様の一周忌を無事に終えられたことと存じます。つきましては、こちらを片付けて里にお戻りになられご再婚なさいますようにとご両親が願っていらっしゃいます」

 と告げました。

王爺の言葉を聞いて、王氏も親のいうことはもっともだ、一人の生活も寂しい、両親に心配させないためにも実家に帰るのが一番よいことだと心を決めました。そして家を片付け、荷物を纏め、近所の人々に別れを告げると王爺と一緒に両親の待つ実家へ向かいました。

季節は既に秋になっています。都を出ると人家はまばらになり田舎道がどこまでも続きます。その田舎道を更に進むと人気のない荒涼とした道に変わりました。折しも、黒い雲がみるみるうちに広がって来て、にわか雨がばらばらと降ってきました。

 雨脚がひどくなってきましたので、王氏と王爺の二人は道から外れて、木々が鬱蒼と茂る森の中へ入って雨宿りをすることにしました。ところが道をきちんと確認しないまま急いで森の奥に入ったので、ふと気がつくと道を失って迷ってしまっていました。

 あちこち森から抜け出る道を探して、だんだん焦っていると、荒々しく呼ぶ大声が聞こえてきました。

 「俺さまは山大王じゃ!大胆にも俺さまの領地に入って来て通行税も払わずに出て行くつもりか?」

王氏と王爺はびっくりして立ちすくんでいるところに、後から一人の男が飛び出して来ました。男は頭に赤い頭巾を被り、足には黒い長靴を履いて、手に大きな刀を持っていました。
 「強盗だ!」
 王爺と王氏の二人は同時にそう思いました。
男は大刀を振り回しながら、二人に向かって駆け寄ってきます。王爺は王氏を庇いながら後ずさって、逃げようとしましたが、強盗は王爺を見据えて怒鳴りつけました。
「どういうつもりだ? この野郎め、逃げきれると思うか?身に着けている金目のものを早く寄こせ!」

 「金目のものなど身に着けてるものか。立派な男なら自分の力で金を稼げ! なんで強盗のような真似をするんだ! 」  

 王爺は強い口調で強盗をたしなめましたが、強盗は怯むどころか一層機嫌を損ねてしまいました。

 「何だと? 俺を説教しようとでもいうのか? このクソ爺め! さっさと口を閉じろ!」

 強盗は怒りにまかせて、刀を一振りするとまっすぐ王爺の胸に突き刺しました。血が王爺の身体からざっとほとばしり出ると、王爺はみるみるうちに血の気を失って地面にどうと倒れ、間もなく息が絶えてしまいました。

 「なんだ、もうだめなのか? 情けない奴だ」

 強盗は刀の血を拭いながら、王氏の方へ向き直りました。

 王氏は、目の前で王爺が斬られて息を引き取った様子を見て、恐ろしさのあまり体を震わせているばかりでした。そして、強盗の情け容赦のない荒々しさに立ち向かう手立てのない自分の命は今日でおしまいになるだろう、しかし、なんとか生き残る方法はないだろうかといろいろ考えを巡らしました。

 「おい、お前、荷物の中に何かいいものはないか、早く出して見せろ!」

 強盗は手にした刀を王氏に向けたまま言いました。

 と、王氏は突然、「わぁーはぁーはぁ」と笑い出し、

 「良かった、良かった、お蔭で私は自由になりました」

 とほっとしたように言いました。

 強盗は彼女を見つめると不思議そうに

 「や、お前、狂ったのか? 何が可笑しいのか。なんで笑うほど喜ぶのだ?」

 「いえ、あなた様は私が笑ったのでびっくりなされたでしょうが、私のためにいいことをして下さったのですよ。実のことを言いますと、私の家がとても貧しいので、両親はお金に目が眩んで、仲人が勧めるまま、私をこの爺に嫁がせましたの。大王様がこの爺を殺してくださったので、私は救われたのですよ。私にとって嬉しいことじゃありませんか」

 「あ、そういうことだったのか。」

 強盗はじっと王氏を見つめました。

 「嘘を言っているんじゃないのか。それにしても結構綺麗な顔をしているじゃないか。おい、俺について山寨へ来い。俺さまの奥方さまにしてやろう」

 王氏は今どうすることもできない、応じなければ命が危ういと考えました。

 「分かりました。嬉しいですわ。あなた様のお気に召したというのでしたらお側にお仕えいたします」

 強盗は先ほどまでの厳めしい顔に嬉しそうな表情を浮かべると、刀を納め、王爺の亡骸を山の下に投げ込みました。そして王氏を連れると、くねくね曲がった細い山道を辿って、ある屋敷の前に着きました。

 強盗が小石を拾い、屋根の上に放り投げると屋敷の中の人が玄関を開け、

 「親分のお帰りだぁ!」

 と大声で家の中に向かって叫びました。強盗はすぐさまその男に命令を下しました。

 「俺は自分の奥方を連れて帰ったぞ。酒、肉、馳走をできるだけ用意せよ。今晩は祝い宴会だ。皆にもそう伝えてくれ」

 その晩から、王氏は強盗の奥方になりました。
                     
                                                                                 (続く)
                                                                                              
注1:古代のお金、丸く真ん中四角い穴があり、紐で通して纏め、1000枚で一貫という。一貫はおよそ今の人民元の200円になります。
                                                                    


                         
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