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  媛媛講故事―72

怪異シリーズ 41    「和氏璧(かしのへき)の伝説」Y

                                 何媛媛


 【前回のあらすじ】 楚国で玉工として働いてきた莫存は年老いて仕事をやめ故郷へ帰ることにしました。その途中、死したとてつもない大きな魚のお腹から「和氏璧」が発見された現場に通りかかりました。莫存はお金でそれを買い取り自分の故郷の国・趙国へ持ち帰りました。そして「和氏璧」は40年ぶりに再び人の手に戻りました。

   

 「和氏璧」を手に入れた莫存でしたが、「個人の力でこの希世の宝玉を保持するのは至難なことだ。当面は「和氏璧」が発見されてそれを自分が持っていることは秘密にしておこう。その内、折を見て宮廷に献上するのがよいだろう」と考えました。

 さて、趙国には妙賢という大宦官がいました。彼は趙国宮廷の宦官達を統率する、宦官の第一人者でしたが、同時に玉石の収集家としても有名でした。妙賢はこれまでの生涯で数えきれない玉石を蒐集しており、常々「天下の名だたる玉石は全て自分の許にある」と豪語していました。ところがある日、「『いい玉石を持っている』という者が訪ねてきている」と家来が妙賢に報告しました。妙賢は「いくらいい玉石と言っても、自分が蒐集しているものには及ばないだろう」と思いながらも、好奇心に突き動かされ「その者を連れて来い」と命じました。

 妙賢の前に連れてこられたのはまさに莫存です。「和氏璧」のような希世の宝石を庶民である莫存が持ち続けてはいけないと莫存は知っていましたので、「和氏璧」を手に入れて以来、ずっと「和氏壁」をどのような機会に趙王に献上するかを考えてきました。よくよく考えた末、妙賢という人物は玉石の愛好家と知られており、宮廷では大王の側近として仕えているのですから、「和氏壁」を妙賢に渡せば趙国のものとして献上して貰えるのではないかと思い、妙賢に面会を求めたのでした。

 妙賢は部屋に連れてこられた莫存を見、粗末な布地の服を着た姿を見るや軽蔑を込めた口調で問いかけました。

 「素晴らしい玉石を持っていると聞いたが本当か?」

 「もちろん嘘ではありません。旦那様のように玉石に詳しいお方は一目でその価値がすぐお分かりになる筈と思います」

 「口は旨いが、そちが今日持って参ったものがさほどのものとは思えぬ。天下の優れた玉石は既にわしの倉庫に収められてある。それらを超えられる自信があるなら、さっさと持ってきたものを出して見せるが良い。自信がないなら早く帰った方がよかろう。わしはとても忙しいのだ」

 「はい、どうぞ、ご覧くださいませ」

 莫存は袋を背中から降ろし、「和氏璧」を幾重にも包んだ風呂敷を用心深く一枚一枚解いてゆきますと中からごく普通の木箱が現れました。莫存はさっと前に進んでその木箱を妙賢の手前の机に置きました。ずっと冷たい眼差しで莫存の様子を見ていた妙賢は、今手元に置かれた木箱も自分の手で開けようとはせず、手振りで莫存に開けろと指示しました。

 莫存はゆっくりと木箱の蓋を開け、絹で包んだ中の物を大事そうに取り出すとそれを机に載せ絹を解きました。そして包まれた物が露になると、妙賢は目玉が飛び出し椅子から飛び上がらんばかりに驚きました。それは妙賢がこれまで見たことのないほどの美しい玉石でした。妙賢はその玉石をじっと見つめたまま長い間言葉を失っていました。妙賢は玉石を載せた机の周りををぐるぐると回ってためつすがめつ検分していましたがしばらくして莫存に尋ねました。

 「この玉石には名があるのか。してその名は何という名前か」

 「『和氏璧』」と言います」

 「えっ?! 『和氏璧』だと?! 一目見れば、この世の中で恐らく一番優れた玉石だと分かるが、まさかその昔、楚国で行方不明になった『和氏璧』だというのではあるまいな? 本物の『和氏璧』だというならどうしてそちの手に入ったのか。楚国から盗み出したとでもいうのか?」
 「いいえ、私はそのような大それたことができる人間ではありません。『和氏璧』を盗んだのは実は伝説の巨魚なのです」
 莫存は妙賢に尋ねられるまま『和氏璧』を手に入れた経緯、自分の身元など、いろいろこと細かく話しました。妙賢は聞き終わると、頭を頷かせ髭を捻じりながら言いました。
 「莫存、この玉石を譲って貰えまいか」
 「はい、このような素晴らしい宝玉は私のような人間が所有するものではありません。国の宝にするべきだと思います。妙賢様が大王の側近でいらっしゃり、そして玉石についてもよくご存知のお方だと知り、献上に参りました」

 妙賢は莫存の言葉を嬉しく思い、様々な褒美を莫存に与え帰らせました。

 その後、妙賢は「和氏璧」のために宝石を施した美麗な箱を作らせて「和氏璧」を納め、毎日のように長い時間をかけて鑑賞しました。見ても見ても見飽きることがないばかりか、却ってますます手放し難くなるようでした。

 「こんな素晴らしい宝玉を自分のものにできればどれほど幸せだろう。大王がご存じない間は自分の家で預かっておこう」

 妙賢はこのように考えました。

 しかし、「壁に耳あり」というではありませんか。「和氏璧」はあまりにも美しく素晴らしく、その虜になって現(うつつ)を抜かしている妙賢の様子から妙賢の家族が知るところとなり、さらには妙賢の家来たちも知るようになり、次第にその噂が広がると終には趙王の耳にも届きました。その時の趙国大王は趙恵文王でした。趙恵文王はある日妙賢に尋ねました。


 「そなたが大層素晴らしい宝玉を手に入れたという噂を聞いているが本当か。本当なら朕にも見せてはくれまいか」

 趙王の言葉に妙賢はびっくりし、すぐ跪いて答えました。

 「ご英明なる大王さま、実はその宝物は、昔楚国で有名な宝物である『和氏璧』です。何十年もの間行方不明になっておりましたが、ごく最近、我が国へ流れ込んで参りましたので購入いたしました。納めて置く箱や、宝石箱の置場を清めたりなどいろいろ手入れをしておりました。ご報告が大変遅れましたこと申し訳なく深くお詫び申し上げます」

 「ほう、それは素晴らしい。そのような貴重な玉石が我が国に流れ来るとは我が国の繁栄の兆しであろう。されば「和氏璧」を迎え入れる盛大な催しをせねばならぬであろうな」

 妙賢はやむを得ず、しぶしぶながら「和氏璧」を趙恵文王に献上しました。趙恵文王は華やかな奉納儀式を催し「和氏璧」を迎え入れました。そしてその希世の宝玉は長年の流離の運命を終え、その日から趙国の国宝になりました。(続く

                                                       
イラスト:満柏


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