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  媛媛講故事―74

怪異シリーズ 43             紫姑神物語」
                                      何媛媛


 
日本には「八百万神」と言う言葉があり、森羅万象に神が宿るという考え方から生まれたと聞いてています。中国の民間でも、具体的な数字では表せないものの、天宮から人間界、そして地獄にまで、数えきれない神仙の存在が信じられています。よく知られているものでは、「竈神」、「門神」、「土地神」、「城隍神(都市の守護神)」「河伯神(中国神話に登場する黄河の神)」「牡丹花神」「閻羅王(閻魔王のこと)」「玉皇大帝(中国道教における事実上の最高神)」「西王母(すべての女仙たちを統率する聖母)」などなどでしょうか。

 今回は厠の神である「紫姑神」についての話です。

 言い伝えでは、「紫姑神」は唐の時代の女性でした。生前は容姿端麗な心の優しい女性でしたが、ある官吏の妾になりました。しかし、夫の正室に妬まれ、虐められ、常に便所など汚い場所を掃除させられた挙句早逝しました。.隣人たちは彼女を哀れと思い、その命日に彼女を偲んで自宅の厠に供え物をするようになりました。

 このことを知った天帝もこの女性を哀れに思い「厠の神」として封じられたそうです。以来、中国各地で、紫姑の像を作り廟を建て、「紫姑神」を祀るようになりました。

 さて、昔、尤琛(ゆうちん)という書生がいました。頭脳明晰な、しかも美貌の持ち主でした。ある時、遊びに出かけた折、たまたま荒れ果てた廟の傍を通りかかりました。中で少し休もうと思い、入って見ますと、「紫姑神」が祀られてました。その「紫姑神」の塑像が大変美しく、じっと見つめている内にうっとりとして愛慕の情が湧きあがってきました。しばらくして我に返り、廟を立ち去ろうとした時、頭に詩句が浮かんで来ましたので、すぐにそれを壁に書き残しました。

藐姑仙子落煙沙 玉作闌干氷作車。
若畏夜深風露冷 槿籬茅舍是郎家。

(藐姑山の仙女 霞む水辺に降りる、
玉の手すりを氷の車に乗り換えて。
深夜の風、露の冷たさを怖れるならば、
君を待つのは、槿の垣根に茅の家)

 すると、その深夜、ほとほとと門を叩く音が聞こえてきました。戸を開けて見ますと、この世のものと思えないほど美しい女性がそこに立っていました。

 「私は紫姑神です。もともと天界の仙女だったのですが、天の決まりに違反したので、人間界に落とされました。今日あなた様が私の塑像の前にお出でになられ、愛慕の情を持たれたご様子を拝見し、そしてあなた様の詩を読んで感動し訪ねて参りました。もし私を妖怪とお疑いされなければ、寂しい夜を一緒に過ごしたいのですが」

 尤は狂喜して女性の手を取って部屋に導き入れ、夫婦の契りを結びました。女性は毎晩必ずやってきますが、しかし、他の人間には女性の姿は見えませんでした。

 ある日、紫姑は手に持っているものを尤に渡しました。

 「これは紫絲嚢(ししのう)というものです。ずっと前、私が天宮にいた時、天帝に謁見した際賜わりました。織姫の手作りだそうですが、これを身につけていると、学力が大いに上ると言われています」

 と言いました。

 紫姑の言った通り、尤が紫絲嚢を身につけると、果たして学業の成績が日ごとに良くなってきました。そして県の試験にも合格して進士となり、四川省成都の知事にまで昇進しました。紫姑も共に尤の仕事を陰で助け、悪人を摘発したり、町を治める助言をしたりして、尤の成績は朝廷から庶民まで、大変評価されました。

 そんなある夜、紫姑はご馳走を食卓いっぱいに並べ、尤にお酒を勧めました。

 「私はあなた様とお別れしなければならない時を迎えました。今夜は餞別の宴を用意してここを去ることになっています」

 尤は吃驚して、その訳を訊ねました。紫姑は次のように述べました。

 「私は天界で犯したことの罰で人間界に流罪になりましたが、流罪の期限が終わると天界に戻ることになっています。しかし、あなた様といっしょに暮らすようになりましたので、天界の役所に合わせる顔がありません。

 しかも私は、もとを糺せば仙女の身分ですから寿命がありませんので冥界に行くこともできないのです。この身の行きどころがなくふらふらと人間界で漂い続けるのはとても耐えがたいことです。

 又あなた様の愛情を受けてこのままこの家に身をおいても、所詮、本当の人間として姿を現すことができませんから、私はあなたのために子供を生むこともできません。そう考えると悲しくてなりません。最近になってこの私の悩みを泰山の神様に訴えました。泰山の神様は人間の生死を司る神様なのです。泰山の神様は私の窮状に同情下さり、私の名前を帳面に記入してくれました。

 それで私は人間のように生まれ変わることができることになり15年後に本当の人間に生まれ変ることができます。その時に今のご縁を続けずっと夫婦として暮らせます。でも、あなた様は15年の間、結婚しないで私を待ってくれるかどうかも分からないことです」

 尤は涙を流しながら紫姑の話に耳を傾け、紫姑も又激しく泣きながら家を出ました。

 紫姑神が尤の許を離れてから、尤の仕事は以前のように順調ではなくなり、とうとう過失を犯して職を下されました。その後縁談もあまた持ちかけられましたが固く断り、40歳になっても独身のまま15年の歳月が経ちました。

 ある時、親友の学士が尤の妻の居ない生活を哀れんで「どうして結婚しないのか」と訊きました。尤はその訳を詳しく語り聞かせるとその親友が吃驚して言いました。

 「なんという不思議だ。ひょっとしたら、私のいとこの娘があなたを待っているのかもだ」

 実はその親友のいとこのところに口がきけない娘がおり、もう嫁に行く年齢なのですが、人が縁談を持ちかけると、必ず筆で紙に「待尤郎(尤郎を待つ)」という文字を書くというのです。親友はすぐに尤を連れていとこの家に行き娘に面会を求めると、娘は簾の後ろから紙をさし出しました。

 「紫絲嚢在否(紫絲嚢はまだ持っている?)」

 というような内容が書いてありました。

 尤は懐から紫絲嚢を取り出して娘に見せると娘が強く頷きました。

 その後、めでたい日を選び結婚の宴を催し、15年を経て二人は実の夫婦になりました。その晩、娘は突然天に向かって大きく笑い、声が出るようになりました。しかし、かつて尤と共に過ごした日々のことを娘が思い出すことはなく、二人は普通の夫婦として幸せに仲睦まじい生活を送りました。 (終り)
                                                   
イラスト:満柏



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