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媛媛講故事―80

怪異シリーズ 49         狐の結婚 U         

【前回のあらすじ】
 山東省歴城官庁長官・殷公が住む村に、廃屋同然になった立派な建物が数多く建つ美しい庭園式屋敷があり、鬼やキツネが住むと噂されていました。ある晩、殷公は友たちと酒を飲み、酔った勢いで賭けをし、肝試しに一晩その屋敷で過ごすと約束し独りで出掛けました。そして夜になって、不思議な結婚式に立ち会いました。その証拠にと金の盃を一つ袖の中に隠し、酔い潰れた様子で食卓に寄りかかって寝入った振りをしていました。

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  さて、殷公が寝入った振りをしている間も、結婚式は延々と続きました。笙の調べに合せて美しい女性たちが舞い、暫くの間、聴き慣れない奇妙な楽の音が賑やかに響いていました。

 「新郎新婦は失礼いたします」

 と宴のまとめ役が客たちに告げると、新郎新婦は召し使いたちに囲まれ、ガヤガヤと楼を降りて行きました。

 先ほどの老人は、下人たちと宴の片付けを始めました。そして宴で使用した酒器などをしまおうとしましたが、盃一つが足りないことに気が付きました。老人は必死に探している様子でしたが、なかなか見つからなく焦り顔になってきました。
 「あの酔い潰れている客が知っているかもしれないのでは?」

 と下人が老人にささやきましたが、老人は

 「そんなことを言うものではない」

 と殷公に聞かれることを心配して急いで下人を制しました。

 暫くの間、老人と下人があちこち盃を探し続けているようでしたが、時間が経ち部屋は静かになりました。

 物音が止み周囲がひっそりとして、ようやく殷公は起き上がりました。灯火もない暗闇の中には、女性たちの衣服の薫香や、酒の美味しそうな匂いがまだ部屋に漂っています。それらの残り香はさっきまでのことが夢ではなく真実だと証明しています。気が付くと東の方が明るくなってきました。

 「無事に一晩すごした。しかし奇妙な一夜だった」

 殷公は心の内でそう思いながら楼閣を後にして、昨夜の、庭の道を辿って玄関に向かいました。途中でふと袖の中を探ると、黄金の盃がまだ入っています。

 屋敷の門まで来ると、仲間たちが既に待っています。夜中に殷公が恐ろしさに我慢できなくなって屋敷を抜け出してくるかもしれないと思って見張っていた様です。

 「大丈夫だったのか」

 「何でもなかったのか」

 殷公の普段と変わらない様子を見てみんな口々に質問しました。

 「いやぁ、何もなかったどころじゃぁない。面白いことを見たぜ」

 殷公は得意満面に一部始終を語りました。仲間たちが半信半疑でいる様子を見て、殷公はさらに袖から黄金の盃をみんなに見せました。それを見て友人たちはやっと納得してくれました。貧乏書生に過ぎない殷公がそんな貴重な品物を所持している筈はないからです。

 その後、殷公は進士に及第し肥丘(河北省肥郷県)に赴任しました。

 その肥丘で、殷公は新しく同僚となった官吏たちと多数知り合いました。その中に、地元の名門の一族である朱という人物がいました。

 ある日、朱の招きに応じて、朱家の宴会に行きました。宴会中、朱は下人に、家の一番良い盃を持ってくるようにと命じましたが、なかなか持って来ません。

 「なにしてるんだ。さっさと持って来るように伝えろ」

 と、朱が近くにいた下人に言いました。そして戻ってきた下人が朱の耳元でこそこそと何かを言うと、朱の顔に怒りの表情が現れたようでした。

 「取り合えずあるだけを持って来い」

 と、朱が再び命じました。しばらくすると下人がいくつかの黄金の盃を持ってきました。朱はその盃に満々と酒を注いで殷公に勧めました。殷公がその盃をよくみると、様式も、画かれた花模様も狐の宴会で使われたものと寸分も違うところがないように見受けられます。

 「素敵な盃だなぁ。どこで手に入れたのでしょうか」

 と訊ねてみました。すると主人は次のように話しました。

 「この盃は、父上が都の官吏だった時、有名な匠人に作らせたもので家の家宝です。ですから我が家では大事な時だけに使用し、いつもは大切にしまって来ました。元々は8個揃いでしたけれど、この度、閣下においで頂きましたので使って頂こうと思いました。ところが箱の中には7個しかなかったというのです。家の使用人が盗んだのかもしれません。とはいえ十年間使わず封をしたままにしてありました。埃も積もっていて誰かが手を触れた風にも見えないと下人が言うのです。何とも訳が分かりません」

 殷公は笑いました。

 「黄金の盃に羽でも生えたのでしょう。それにしても、代々の大切な家宝を失くされてはいけませんなぁ。実は拙者もこれと良く似た盃を一つ持っています。進呈いたしましょう」

 宴の後、殷公は官舎に戻り盃を取り出すと、早速朱に届けさせました。朱はそれを受け取って眺め吃驚しました。間違いなく自分の家のものなのです。朱は殷公の家にお礼を述べに行き、謝辞を伝えながら、一体どこで手にいれたものなのかを問いました。

 そこで殷公は事の次第を朱に語りました。

 「狐の仕業だ。自分が大切にしまっておいたからといって必ず何時も手元にある訳ではないようだ。時には、狐が借用しているかも知れない」

 と朱は納得し、盃が再び揃ったことに感激しました。

 果たして狐は千里も離れたところからものを取り寄せることができるのでしょうか。何と奇妙なことがあるものだと殷公は思うのでした。  (終わり)

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