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媛媛講故事―82

怪異シリーズ 51        ケチな黄生      

  昔、ある村に黄生という書生がいました。良い家柄の青年で、幼い頃から読書が大好きでした。長じて才気煥発な若者になり、高い志を持つようになりました。村の近くに寺があり、黄生は、将来出世できるようにと願って、度々その寺へ参拝に行ったので、寺の住職と親しい仲になりました。

 ある年、その寺の住職が諸国行脚に出かけることになりました。出発に際して、黄生に

 「是非頑張って科挙に合格し、早く出世するように」

 と言って村を離れました。その後、黄生は何回も科挙の試験を受けましたが、いつも結果は不合格でした。十年という歳月があっという間に過ぎ、住職は行脚の旅を済ませて帰ってきました。そして黄生がまだ村に残っていると知って、吃驚し、

 「君ほどの才能と能力があれば、とっくに試験に合格し、役人として出世しているに違いないと思っていたが、今も無位無官のままだったとは信じられない。君が福運に恵まれるように人間の運命を司る冥途の王に頼んで見ようか」

 黄生が

 「是非お願いします」

 と答えると、住職は

 「しかし、なにがしかの礼金が必要だが用意できるかの?」

 と黄生に訊ねました。

 「ではどのぐらい用意すればよいでしょう」

 「銭10貫(注1)ほどを用意すれば何とかなるだろう」

 黄生が難色を示しました。

 「それは無理です」

 「10貫が無理なら、その半額を何とか用意して欲しい。不足分は私が立て替えてあげよう」

 そして、3日後に会う約束をしました。

 黄生は手許にあるお金をかき集めましたがそれだけでは足りないので、身の回りの物を質入れたりしてなんとか5貫を調達しました。3日後、住職も約束した通り5貫の銭を持ってきて、黄生に手渡し、冥途の王に渡す方法を教えました。

 黄生の家には古い井戸がありました。この井戸はとても深く、一度も枯れたことなく、昔から黄生の家ではこの井戸の水をずっと使ってきました。年寄りの話では、この井戸は河と海に通じており、霊験あらたかな井戸として伝えられているとのことでした。

 「この10貫の銭を一つに纏めて布に包み、井戸の縁に置き、私が寺に戻った頃合いを見計らって、銭を井戸の中に突き落としなさい。しばらく待つと銭が一枚が浮かび上がる。それを丁寧に拝み、試験に合格して出世できるように心を込めて願いなさい」

 住職はそう言うと寺に帰って行きました。

 住職はいったい何の術を使っているのでしょうか。黄生にはさっぱり分かりません。でも、10貫という銭を井戸に投げ捨てるなどは、勿体ないではありませんか。本当に効果があるかどうかも確信もてません。考えれば考えるほど住職のいう事は信じ難いように思われ、結局、その銭のうちの9貫は投げ込まず隠して、1貫だけを井戸に投げ込みました。

 しばらくすると、井戸の水に大きな泡が浮かび上がり、がちゃんがちゃんという金属が触れ合う音がし、車輪ほどの大きな銭が現れました。黄生は大変吃驚しました。とりあえず頭を下げ両手を挙げて拝みました。そして黄生は確かにこの井戸には霊験があると信じ、懐からさらに4千銭を取り出し井戸に投げ込みました。しかし、大きな銭が邪魔になって、後から投げ込んだ銭は沈むことができません。

 夕方になって住職がやってきました。

 「どうして銭を全部投げ込まなかったのか」

 と言って黄生を責めました。

 「いいえ、全部投げ込みました」

 と黄生は嘘を言うと、住職は

 「いい加減なこと言うのではない。冥途の使者は1貫だけを持っていったよ」

 黄生は仕方なく本当のことを白状しました。住職は嘆いて言いました。

 「ケチなものは大器になれないのだ。本来、君の運命は進士(注2)になるはずだが、こんな馬鹿なことをするようでは、貢生(注3)でおしまいになるだろう。なんとも残念なことじゃ」

 黄生は大いに後悔し、もう一度祈りを捧げ直してはいかがでしょうかと住職に頼みましたが、住職は首を横に振って去って行きました。 黄生が井戸を覗いてみると、あの大きな銭はまだ浮いています。そこで縄でつりあげようとしますと、その途端、銭は沈んでしまいました。

 その年、黄生は地方の試験に合格しただけで、結局、住職が言う通り、中央での試験は不合格でした。地方の試験に合格した人は、官僚養成学校に進学する貢生という資格を得るだけですので、役人として出世するには中央での試験にも合格しなければなりません。

 冥界でもお金を払えば、試験の結果に手を加えてもらえるのでしょうか。10貫で進士に合格できるとすれば少々安すぎるように思えます。しかし、貢生では合格したと言っても、進士になるまで、まだまだ沢山の試験に合格しないと出世できません。「1貫では高すぎる」と村の人々は言い合いました。 (終)

▪注
1)銭10貫:宋の時代、千個の銅銭を紐で繋がって1貫と言う。1貫では約1両の銀に当たる。
2)進士:中央試験に合格した人、高級官吏になる。
3)貢生:地方試験に合格して官僚養成学校に選抜される人。

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