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媛媛講故事―83

怪異シリーズ 52       蛇の話     

   昔、蛇を使う人がいました。その人は大小2匹の青い蛇を飼い馴らして、毎日町に出掛けて蛇に芸をさせては観客からお金を貰い暮らしていました。その蛇使いは、大きい方の蛇を「大青」、小さい方の蛇を「二青」と名付けていました。二青は額に赤色の斑点があり、蛇ながら頭が良く、蛇つかいの話をなんとなく全て理解しているようで、ぐるぐるくねくねと体をくねらせていつも上手に芸を披露して観客の喝采を浴びていました。そんな訳で、蛇使いは特別に二青を可愛がっていました。

 或る年、大青は年齢のせいで死んでしまいました。蛇使いは大青の代わりを探そうと思い二青を連れて旅に出、夜、山寺に泊まりました。夜が明け、出発するので蛇の入った籠を覗いてみますと二青がいません。蛇使いは二青を心から可愛がっていましたので、びっくりするとともにとても悲しく、辺りを必死に探し回り呼びかけましたがどうしても見つかりません。

 時々は草木が生い茂っているところに二青を出してやり、好きなように遊ばせることもあったのですがいつもはしばらくすると二青は自分から帰ってくるのでした。多分今度もその内戻ってくるだろうと思って待つことにしました。しかし、その日は昼まで待ち続けても二青は戻って来ませんでした。彼はがっかりし、あきらめて寺を去ることにしました。

 寺を出て暫く歩いていると道路の端の雑草の中からガサゴソという音が聞こえてきました。何だろうと思って立ち止まって音のする方を見ると、二青が帰ってきたのでした。「やれ、嬉しや」と、彼は嬉さのあまり、両手で二青を抱きしめ、ようやくほっとしました。そして一息つこうと道端に座ると、二青は主人をじっと見詰め何かを話したいというような目をしています。蛇使いは妙に感じ二青の後を見ますと、なんと、1匹の小さな蛇がチョロチョロ現われてこちらにやってきました。蛇使いは感激して二青の頭を撫でながら言いました。

 「お前はちびの仲間を連れてきてくれたんだなぁ。わしは、お前がわしに見切りをつけて何処かに行ってしまったと思っていたよ。ごめんなぁ〜」

 そうして餌を取り出し2匹にやりました。けれども、小さい蛇はまだ蛇使いに慣れていないのでしょうか。身をすくめ怖がっている様子で餌を食べようとしません。二青は口で餌を噛んで小さい蛇の口元に運びそれを食べさせようとしました。その様子はまるで主人が客をもてなすようでした。

 何日か日が経って、小さな蛇も蛇使いが与える餌をだんだん食べるようになりました。そして餌を食べ終わって二青が籠に入ると、小さい蛇もその後について籠に入って行くのでした。蛇使いは小さい蛇に「小青」という名を付けて、芸を少しづつ教え始め、小青もすぐに要領を呑み込んで、間もなく二青と変わらないほどになりました。蛇使いは2匹を連れてあちこち人々に芸を披露して回り、儲けもたっぷり得られるようになりました。

 一般的に蛇使いが使う蛇は長さ2尺くらいです。それより長くなると体が重くて、芸をするのには向かなくなります。ですから蛇使いは育ち過ぎた蛇は二尺以下の蛇と取り替えるのが普通です。いつの間にか二青も二尺を超えてしまいました。しかし、蛇使いによく慣れていましたのでそのまま手許に置いていました。さらに二、三年経つと、二青は終に3尺を超えてしまい、籠は二青には窮屈になってしまいました。蛇使いはやむなく二青を手放すことにしました。

 ある日、二青を連れて山に行き二青の好物の餌を与え、無事を祈って、後ろ髪を引かれる思いで二青を山に放してから帰ってきました。しかし間もなく二青は戻って来て籠の側にまとわりついて離れません。蛇使いは涙を浮かべ二青を手で追いながら叫びました。

 「二青よ、行くんだ。この世には、百年も続く宴はないんだ。お前は今日からこの大自然の中に身を潜めて過ごすのだ。そしてその内きっと神龍になるんだぞ。狭い籠の中ではお前も窮屈だろう。わしもお前を追うのは辛い。わかってくれないか」

 二青は蛇使いの気持が分かったかのようにようやく去って行きました。しかし、二青はいつの間にかまた戻って来ていたのでした。そして今度は、いくら追い払っても、頭を籠につけて去ろうとはしません。籠の中の小青も心細がってるようでブルブル震えて動いていました。「そうか。分かったよ。二青は小青と別れるのが忍びないんだね」と蛇使いは思いました。そして籠の蓋を開けてやりました。小青は飛び出してくると、二青と首を絡ませ、舌をちょろちょろと出して何かを語り合っているようでしたが、しばらくすると二匹は並んで去って行きました。蛇使いはもはや小青も戻って来ることはないだろうと思っていると、小青だけが寂しく帰って来、籠の中に入って元気なくコロリと横たわってしまいました。

 それ以来、蛇使いは二青の代わりになる蛇を探しましたが、なかなか気に入った蛇見つかりませんでした。やがて小青も大きくなりすぎて思うように芸をすることができなくなりました。蛇使いはようやく新しく一匹を手に入れ、いろいろ芸を仕込みました。しかし、どうしても小青ほどの芸を披露できるようにはなりませんでした。

 蛇使いは、薪木を採る人たちが山の中で二青を何度も見かけたという噂を聞きました。また数年経ち、二青はすでに数尺の長さになり、お椀ほどの太さになってたびたび現れては人間を襲うようになったという話を聞くようになりました。旅人達は警戒して二青が現れるという道は決して通らないようになりました。

 ある時、蛇使いは人々の噂となっている場所を通りかかりますと、蛇が一匹、蛇使いの脇をまるで一陣の風が吹き抜けたように通り過ぎて蛇使いの前に現れました。蛇使いは突然のことでびっくりして逃げ出しました。が、蛇使いは蛇が彼を追いかけているように感じ、立ち止まって振り返ってみますと蛇はもう目の前に迫っていました。が、見れば額にくっきりと赤色の斑点があるのが見てとれました。なんと二青だったのでした。二青、二青だね」と蛇使いが蛇に呼びかけると、蛇は途端に動きを止め、首を持ち上げてしばらく蛇使いを見詰めると急にすり寄ってきて、昔、甘えた時のように彼をぐるぐる巻きにしました。 喜んでいるとは分かっていても、二青は体が大きくなっています。蛇使いはその重い蛇に巻き付かれて息が今にも絶えそうになりドサッと地に倒れました。

 「お願いだ。離れておくれ」と二青に頼むとやっと放してくれました。そして二青は今度は籠に頭をすり寄せました。蛇使いは、その気持ちがすぐ分かり籠を開けて小青を出してやりました。二匹は見つめ合うと、身をくねらせて、お互いに巻き付いてそのまま長く絡みあっていましたがしばらくしてようやく離れました。

 蛇使いは小青に向かって言いました。

 「わしはずっと前からそろそろお前と別れなくてはいけないと思っていた。今日、お前の連れが現れてくれて安心したよ」

 そして二青に向かっても

 「小青はお前が連れてきた蛇だ。大きくなりすぎてしまったからもうお前が連れ行ってもいいんだよ。ただ一つ頼みがある。この山の中は食べ物に不自由しないのだから、旅人を襲って神罰を受けるようなことはしないでおくれ」

 と言いました。

 二匹の蛇は頭を下げ、分かったと頷いているように見えました。蛇使いが二匹の蛇を追い立てるように手を振ると、二青が前を進み小青はその後に従って森の木や草を分けてシュ、シュと去って行きました。蛇使いはその場に立ち尽くしたまま二匹が去って行く様子をずっと目で追い、見えなくなってやっとその場を去りました。その後、蛇が旅人を襲うことはなくなりましたが、二匹の蛇がどこに行ったかも知る人はいませんでした。(終)

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