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媛媛講故事―84

怪異シリーズ 53       蛇の恩返し    

  昔、南宋の時代、汴梁(今の河南省開封)に李懿という役人がいました。古里は陳州(河南省淮阳)ですが、いろいろな地方で、知事や、判官などの役職を歴任しました。或る年、また家族を残し、二人の下人を連れて杭州へ単身赴任しました。

 李懿には妻の韓、息子の李元がいます。李元は年齢が18才前後で、科挙の試験を何回か受けたことがありましたが、及第しませんでした。家柄の良いこの青年は、勉強にはあまり熱心でなく、美しい自然の中に身を置いている方が好みでした。

 李懿は杭州に赴任し、たちまち一年が過ぎました。ある日突然息子のことを思い出し「あの子の近頃の勉強の具合はどうだろうか」と気になりました。それで家族に便りを書き、王安という下人を古里にやり、家族の様子を見させるついでに息子の李元を杭州に連れて来るように命じました。

 王安は船に乗り、時には馬車を飛ばして、夜を日に継ぎ、ほどなく陳州の李宅に着きました。王安は李夫人に挨拶をすると、主人の手紙を渡しました。李夫人は、書院から息子の李元を呼んで来て父親の手紙を読ませ、李懿が息子を杭州に呼び寄せたがっていることを知りました。また、李元は家を出てまだ訪ねた事のない美しい景色を楽しむことができる機会になると考えて、内心嬉しくてたまりませんでした。早速、琴、剣、書物など旅に必要な荷物を纏め、旅の準備を始めました。

 二、三日後、母に暇を告げると王安とともに杭州に向かって出立しました。王安が陳州に向かったときと同様に船に乗り、馬車を雇って旅を続け、間もなく揚子江へ着きました。
 李元は雄大な山河の風景を眺めて深い感銘を受け見飽きることがない様子でした。そしてその気持ちを一篇の詩に書きました。

西出昆仑東到海
驚濤拍岸浪掀天。
月明滿耳風雷吼,
一派江聲送客船。

西の方、崑崙より東に流れて海に至り
岸打つ浪の音は天を驚かせる。
月明かりの中、風が唸り雷が轟き
川浪の響が客船を送る。

 その後、揚子江を渡り、鎮江、蘇州、呉江など各地各様の美しい風景に感動しつつ父親のいる杭州を目指しました。
 その又途中、呉江のあたりの風景に強く感銘を受け、船頭に船を止めさせ岸に上がって少し歩いてみることにしました。岸の近くもの静かなたたずまいのお社があるのを発見し中に入って見ました。歴史上で名を成した人物の像が祀られていて、李元は更に感銘し、お社の番人から筆と墨を借りて壁に詩を書き残しました。

 お社を出ると、目の前で何人かの子どもたちが竿で何かをつついて楽しそうに遊んでいます。近寄って覗いて見ますと、なんと、金色の目をした赤い子蛇がこどもの竿で叩かれ、血まみれで息絶え絶えになっています。金色の目をした赤い蛇を李元はこれまで見たことがありません。

 珍しい蛇だと思うと共に可哀相にも思い、子どもたちを引き止めて

 「子どもたちよ、小さな命を虐めてはならないよ。私が銅銭百文をやるから子蛇をいじめるのを止めて私に売ってくれないか」

 と言うと、子どもたちは大喜びで子蛇を放しました。

 李元は子蛇をそっと袖に入れ船に戻ると、王安を呼んでヨモギを取り出し煎じるように命じました。そして子蛇の血を洗い落としやり、ヨモギを煎じた液を傷だらけになった子蛇の身体に塗ってやりました。

 そして子蛇の容態が大丈夫だと確認すると、船頭に船を出させ、そこから離れた岸辺の、草木が茂り、訪れる人がいないようなひっそりとしたところで子蛇を放してやりました。子蛇はじっと李元を見ました。

 そんな子蛇に李元は次のように語りかけました。

 「折角君を逃してやったのだ。人目に付かないところへ隠れるのが良い。二度と人に見つかってはならないぞ」

 李元の手を離れた子蛇は湖に向かって行き、泳ぎ出すと間もなく水中へ潜り姿が見えなくなりました。

 李元は船を返させ、杭州を目指して進みました。

 早くも3日間で杭州に着き、父の李懿に会い、母のことや古里のこと、色々と報告しました。李懿からも日頃の勉強の様子について詳しく聞かれ、李元はできるだけ李懿を満足させるよう気をつけて答えました。

 李元はしばらく杭州に滞在した後、そろそろ帰った方が良いと思い、李懿に言いました。

「私がいない間、母上様は一人で家にいて寂しいことと思います。また春の試験もそろそろ近づいてまいりますので、私は古里に帰るべきだと思いますが」

 李懿も「その通りだ」と息子に同意し、妻への土産を買って、李元を陳州へ戻らせることにしました。来た時と同様、王安が李元を送って行くことになり、纏めた荷物を船に運び入れると陳州に向かって帰路につきました。

 帰路は来た時と同じ道なので、もう一度各所の美しい景色を楽しむことができると思い、李元の気持はわくわくしていました。

 船に乗って呉江に着いた頃は丁度日暮れ時でした。李元は前に訪ねたお社の近くで船を止めさせました。

 「今晩はここで一晩、船の中で休むことにしよう。私はその前に岸辺に上がってちょっと散歩して来よう」

 と言って、一人で陸へ上がりました。

 ゆっくり歩いていると、「垂虹亭」と書いた扁額を掲げている小高い亭の前に出ました。李元は亭に上がり、欄干にもたれながら周囲の景色を眺めてみました。夕日の中、遥かにたゆたう湖の光り、おぼろに霞む山の色、雁の群れが飛び交い、亭の周りは穏やかな田園風景が広がっていました。 (続く)

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