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媛媛講故事―85

怪異シリーズ 54       蛇の恩返しⅡ    

 李元は欄干に持たれ周囲の景色を眺めて目を楽しませていましたが、ふと気が付くと目の前に青い服の童子が立っています。童子は李元にお辞儀して、一枚の名刺を手渡しながら告げました。

 「主人が私に名刺を持たせまして、『先生にお目に掛かりたい』と申し上げるようにとのことです。お出で頂けますでしょうか」

 李元は

 「お前のご主人は何処に居られるのだ?」

 「この橋の近くでお待ちしております」

 李元は名刺を見ると、表に「学生・朱 謹んでお出でをお待ちしております」と書いてあります。

 「お前のご主人は人違いしているのではないか」

 「間違いはないと存じます。先ほど先生のお姿をご覧になられて、是非お目にかかりたいと申しております」

 「私は江左(長江下流の東)から来たもので、この辺りには知り合いは一人もいないし、もともと朱という友人もいないのだけれど」

 「いいえ、あなた様がまさしく李懿殿の息子・李元様であると知ってお目にかかりたいと申しておりました」

 とその時、もう一人、明眸皓歯、眉目秀麗な青年が李元の目の前に立ちました。青年は李元に深々とお辞儀をしてから言いました。

 「このような時間に失礼をいたします。私が朱と申す者です。私の父は李元様のお祖父とかつて親交がありました。父は先生が杭州よりお帰りになられると知り、私に『お待ち申し上げて、是非とも拙宅へお越しをお願い申し上げて来い』とのことでございます」

 青年が誠意を込めて話す様子に李元は承諾し、青年の後に付いて、垂虹亭を出ると、垂虹亭の向かいにある橋を渡りました。岸辺には綺麗な船が待っており、青年について船に上がった李元は目を見張りました。船は李元が今まで見たことのないような豪華な船で、その船上には容貌魁偉な者達がそれぞれ目も綺(あや)な服を着て立ち並らんで李元や青年を迎えました。そして船内の装飾は五色の花模様を施し、敷物も飾り物も豪華を極めた珍しいものばかりです。

 李元がそれらに気を取られ見とれていますと、船が動き出しました。船は飛ぶ如く進み、船の両側は浪しぶきが湧き立ってまるで雪が吹き飛び、舞い散るかのようです。そしてあっという間に岸へ着くと、すでに沢山の人々が並んで二人を待っていました。李元は陸へ迎え上げられて辺りを見回しますとそこは青々と葉を繁らせた巨木が亭々と枝を広げて立ち並んでいました。

 「さぁ、どうぞお籠へお乗りください」と、朱青年に促されて見ると、目の前に二挺の藤の籠が待っていました。籠は、紫の長衣に銀の帯を締めた十数人の者が傍らに付き添い、松林を抜けて進んで行きます。そして、一里も行ったかと思う頃、籠が止まりました。

 「到着いたしました。どうぞお降りくださいませ」

 と告げられました。そして李元が籠から降りると、緑の山を背負い、青い湖水に面した宮殿が目の前に見えます。湖水の上には橋が架けられ、その橋には花紋が彫刻された石欄干が向こうの宮殿まで並んでいます。そして、橋の向こうには瑠璃煉瓦で葺かれた宮殿の屋根が眩いばかりに輝いて見え、宮殿の前の雄大な朱門には金文字で「玉華宮」と書かれた扁額が掛けられてあります。

 李元は導かれるままに橋を渡り、宮門をくぐりました。門の内側の景色はまさに仙界に入ったような感じでしたので李元はだんだん緊張してきました。

 「王様の命令によりまして、謹んで先生をお迎えいたします」

 宮殿の入り口では、紫色の衣服に黄金の帯を締め、手に花模様の笏を持った人が李元に向かって挨拶しました。

 「王様とは、どなたでしょうか。ここは一体どういうところなのでしょう」

李元は朱青年に聞きましたが、朱青年は

 「先生が御殿へ参られましたのですからすぐ分かります。先ずこちらへお入りください。父の招きですから、どうぞお怪しみくださらないでください」

 李元は朱青年について長い廊下を抜け、更にきざ橋を上ると石畳の大広間に出ました。そこには、宝冠を頂き、広い袖を垂れ、朱の靴を履き、手には玉で作られた笏を握った老翁が、華麗な衣服をまとった10数人の人々に囲まれて玉の椅子に座っている姿がありました。

 この老翁は、李元の姿を見るとすぐ立ち上がり前に進んで李元を迎えました。

 「この方がきっと王様と呼ばれている方に違いない」

 李元は考え、急いで跪き、深々とお辞儀しました。老翁はお付きのものに命じて李元を抱え起こし、

 「お出迎えせず先生をお呼び申しあげ恐縮しております。どうぞお赦し下さいますよう願い申し上げます。またこの度は幸いにご来臨頂き心から有難く思っております。どうぞこちらへお座り下さい」

 李元は「はい」「はい」と答えるばかりで、言われるままお側のもの後に付いて奥の座席に着きました。

 「私は無位無官の貧乏書生でしかありません。

どうして王様は私をお側にお呼びになられるのでしょうか」

 老翁は再び頭を下げて言いました。

 「先生は我が一家にとりまして大恩があります。そのような訳で長男に命じて先生をこちらにお迎え申し上げた次第です。どうぞご遠慮なくお掛けください」

 李元の顔に不思議そうな表情が浮かんでいるのを見た老翁は、 「さぁ、王子を呼んで参れ。改めて恩人にお礼を申し上げさせるのじゃ」と言いました。

 しばらくすると、屏風の後から数人の官女たちが、頭に小さな冠を頂き、真紅の衣を纏い、玉の帯を巻いた少年を取り囲むようにして現れました。少年が老翁の側に立ちますと、老翁が

 「これは我が子じゃ。先日呉江の水際で遊んでいた際、いたずら盛りの子供たちに捕まってしまった。若し先生が助けて下さらなければこの子の命はなかったであろう。我が一門一同深く感謝申し上げ、先生のご恩に報いたいと深く肝に銘じたのだ」

 老翁の話が終わると、その少年は李元の前に進んで膝まづき深々と頭を下げてお礼の言葉を述べました。李元も慌ててお辞儀を返しながら、やっと事情を呑み込みました。

 「先日私が救った小蛇は、目の前の少年なのか。今日、私が拝見した華麗な宮殿、この世のものとは思われない景色、豪華な船や籠、美しく装った人々。全てから受ける印象は人間界のものではない。今私は竜宮にいるように感じるが。そうなのか。私は竜王の息子を救ったのか」

 李元は瞬時に様々なことを思い巡らせるのでした。 (続く)

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