『神の子ども達はみな踊る』       村上春樹 著    新潮文庫

                      

  

 失恋した後輩が読んでいた本である。

 今は奥さんも子どももいる後輩くんが失恋したのは、10年ほど前のことだが、先日、時間つぶしに寄った本屋で、未だにその文庫本を平積みしていた。(後輩くんが読んでいたのはおそらく単行本だったのだろう)著者が有名なベストセラー作家だから、ということもあるのだろうけど、ちょっとすごいな、と思う。で、手にとってしまった。

 勝手に一言でまとめてしまえば、「静かな絶望」のなかの「誰か」を書いた6編。短編の横軸を「静かな絶望」が貫いている。後輩くんが失恋したときにこれを読んだのは正解だったのかも。「いま、僕、本なんて読んでいるんですよ。『神の子どもたちはみな踊る』っていう本です」と電話で話した彼の声を、久しぶりに思い出す。

 私たちはゆるゆると落ちていっているのかもな、と思うことがある。それは例えば、増えつづける国債をどうしようもできていないなかで、このまま破綻に向かってるんじゃない?とか。「エコ」「エコ」と声高に叫ばれているけど、温暖化は止まらず、環境は汚染されつづけていることとか。誰かがこれを「ヌルい失望」と呼んで、だから、ゆるゆると落ち続けるだけなんだと言っていたが、そんな現状を小説にしたらこの一冊になるんだろう。

 この短編集の最後の小説では、主人公が、静かな絶望のなかで愛する人を守ろうと決意して終わる。もしかしたら、これも「ヌルい失望」を前にしての「ヌルい解決策」かもしれない。けれど、これも現状打開の一歩だと思いたい。

現在、転職を重ねて私は、子育てをサポートする職場で働いている。ボランティアやNPOの方と接することが多いが、みなさんのモチベーションは、大雑把にくくって「子どもたちが大人になったときのよりよい社会」だ。端的に言って、「愛する人を守りたい」という気持ちから、すべては始まっている。(真中智子)



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