『魔女の1ダース 〜正義と常識に冷や水を浴びせる13章』      

                米原万里 著    新潮文庫

                      

  

 ツアー旅行に参加したときのこと。一人の女性客が、あてがわれた部屋番号が「13」であることに抗議して、部屋を替えてもらっていた。疲れて寝るだけの部屋の番号なんて、全然気にならないけどなぁ…、確かに日本では「死」に繋がるとして「4」の番号を避ける傾向にあるらしいけど、と私たちはこそこそ話。ちなみにこの本によれば、仏教では「13」は縁起のいい数らしい。それを知っていたら、この女性客もわざわざ部屋を移らなくても済んだかも。

 著者の米原万里さんは、ロシア語の同時通訳者。彼女によれば、通訳者は、聞き取るときは話し手の立場に、訳出するときは聞き手の立場に身を置く。つまり、違う言語=違う価値観の間を行ったり来たりする職業だという。

 さらに、彼女の場合、9歳から14歳までチェコスロバキアで過ごし、ソビエト連邦外務省が直接運営する学校に通学。つまり、地元ではチェコ語、学校ではロシア語、家庭では日本語を使っていたはず。バイリンガルの後輩くんによれば、英語で話すときと、日本語で話すときはキャラクターが変わるらしいから、彼女も3つのキャラクターを内蔵しながら、大人になったのでは。だから、複眼で世界を眺める特殊能力が備わった。

 その特殊能力を活かして書かれたこの本のテーマは、「常日頃当然視している正義や常識に冷や水を浴びせてみたい」。某国の王子様が「豪奢で華やかで気品があって威厳がある」理想の車として、祖国に持ち帰った日本の車が霊柩車だったというプロローグから始まり、価値観がぐんやりする話がてんこもりである。同時に、それでも変わらない人間の普遍的な「なにか」にも言及。多くがシモの話なので、例示は避けるけれど…。

 本書から、勇気の出る話を。著者によれば、国際語である英語圏の人たちは、外国語を学ぶ意欲が低く、よって、ひとつの言語=ひとつの価値観しか持ちえないことが多い。その点、日本語のようなマイナーな言語圏の人たちは、外国語を学ぶ、つまり複数の価値観に触れる機会を得る。

 さらに、母国語とかけ離れた言語であればあるほど、ゼロから構築していくため、よりネイティブに近い能力が得られるのだという。むしろ、苦手な人ほど、習得したときには完璧な言語を操る…らしい。ずっと英語に苦しめられてきた私にこそ、英語を完全にマスターできる素質があるということだ。初めて英語を勉強しなおす気になったが…、それがいつになるかは、私にも分からない。(真中智子)



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