「西の魔女が死んだ」
梨木香歩著  新潮文庫

                      

  3月11日の地震の日から、2日半は「寝る」ことと「食べる」ことしかしなかった。寝ている間に,チェーンメールが携帯電話に続々届く。出勤自粛した月曜日の夕方にようやく起き、夕食の買い物にでかけたら,店の棚は空っぽ。「流行」に疎い私は、しばしぼんやりしてしまった。

 そんな折に、飛び込んできたこんな台詞。「いちばん大事なことは自分で見ようとしたり、聞こうとする意志の力ですよ。」学校に馴染めない13歳の少女が、社会を生きていくために、祖母から知恵を授かるシーンだ。少女が「魔女」と信じる祖母は、ささやかな自給自足の生活を送っている。そのため、「魔女修行」は必要ないと言い切る。でも、少女は、「戦闘体制」である社会で生きていかなくてはならない。だから「魔女修行」が必要なのだ。

 「魔女修行」にいちばん大切なのは、「自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力」。でも、魔女はとても柔軟だ。「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。(中略)シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」と。自分で決めたことであれば、その選択は肯定される。

 ちなみに具体的な「魔女修行」とは、「早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活」をすること。シンプルかつ困難なこの修行は、確か作家・村上春樹さんが実践していたような。冒頭の私のように、「修行」を放棄したものには、意志の力は動かない。結果、空っぽの店棚を前に、呆然とする始末。きっと、買いだめに走った人たちも、しばらく「修行」を放棄していたに違いない。今、私たちには、特に「魔女修行」が必要だ。しっかりとした日常生活を築いて、落ち着いて判断することが。その判断の先に、自分たちができることがあるはず。

 …などと翌日、気持ち新たに出社した私だが、計画停電に振り回され、まったく仕事にならなかった。「魔女修行」は、本当に難しい。 (真中智子)



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